小説 川崎サイト

 

夢一話


 夜中、ふと目を覚ますと、女がいる。旅館での話だ。
 観光地だが、少し離れている。古びた旅館が三軒ほどあるが、どれも敷地が広く、何処かの別荘風で、旅館らしく見えない。温泉が出るようで、そのため、離れた場所にあるのだろう。
 客室は和室で、二部屋ある。竹中は奥の広い方の八畳で寝ていた。手前の部屋は何もない六畳の間。まるで控え室のような。
 宿の者が勝手に客の部屋には入ってこないだろう。風呂に入っているときなど蒲団を敷き上げに来たり、料理を下げにくるかもしれないが。
 今は夜中。
 竹中は無理に寝返りを打つ。それで女の反応を見ようとしたが消えていた。
 それで、すっかり、目が覚めてしまい。寝付けない。それで、内湯に行くことにした。夜中でも使える。
 浴場はそのへんにあるような銭湯を少し小さくした程度なので、結構広い。
 温泉だが、かなりぬるい。そのため、湯気もそれほどたっていないのだが、照明が少ないので隅の方はよく見えない。
 これは、出るぞと、竹中は予想したのだが、出なかった。
 部屋に戻ると、出たときのまま、乱れた掛け布団もそのまま。
 夢を見ていたのだろう。そんな女が夜中に客間に勝手に入ってくることなどない。
 そして、温まったためか、眠気が戻り、そのまま落ちた。
 夢を見た。先ほどの女が部屋の中にいる夢。そして、それは夢だとはっきりと分かる。ああ、夢を見ているのだな、と夢の中でも分かった。
 女はじっとこちらを見ている。見覚えがない。何の特徴もない普通のの顔だが、着物姿。これはやはり旅館の人だろう。
 そして女と目が合った瞬間、すっと布団の中に入ってきた。
 これも夢だった。
 翌朝、宿を出るとき、帳場で女将の横にその女がいた。
 竹中は目を合わそうとしたが、女は帳面を見ているだけ。
 そして支払いを済ませると、女将は愛想良く応えてくれたが、あの女は、こちらを見もしない。
 確かに夢の中に出てきた人に似ているが、違うかもしれない。
 それよりも、暗いところで、よく女の顔とか服装とかが見えたものだ。
 不思議な一夜だった。
 
   了

 

 


2022年1月18日

 

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