小説 川崎サイト

 

奥義

川崎ゆきお



 最初は興味深くても、慣れてくるとそうではなくなる。
 しかしこの先にこそ奥深い階層が襞を重ねて待ち受けているのだが、それをただの日常風景として見逃すことが多い。
「その奥がまだあるのですか?」
「日々変化しておる」
「ですがそれはよくある変化でしょ」
「そうじゃが、そこに味わいがある」
「それは諸芸に通じますねえ」
「やっておる人間にしか分からぬ微妙な違いがあり、それを見ていると飽きることなしじゃ」
「羨ましいですねえ」
「君の日常の中にもきっとある」
「そうだと思いますが」
「見る暇がないか?」
「はい、忙しくて、些細な事にかまってられません」
「それは、些細事ではない」
「奥深いことですから、きっとそうなんでしょうね」
「暇な人間だけが見える世界ではない」
「それはどうすれば見えますか?」
「それをただ単純に観察すればよろしい」
「観察ですか」
「君もやるだろ。観察は」
「上辺だけですよ」
「その一段下の階層を見るがよい」
「それはどのように?」
「小さな変化がある」
「小さいわけですね」
「些細事の中に奥へ繋がる階段への入り口がある」
「それが合点できないのですよ」
「理由、原因がある」
「でもそれは、よくある変化でしょ」
「上辺はな」
「だから、分かりにくいのです。見逃すのはそのためかと」
「有りがちではない理由が奥にある」
「それは、確認できることですか」
「聞けば分かるかもしれん」
「有りがちではないとは?」
「バランスで分かる。いつもと違う」
「まあ、多少はいつもと違うことだってあるでしょ」
「そのいつもとは、種類が異なるんじゃ」
「その違いはどうして分かるのですか?」
「それは言い得ぬ事柄じゃ」
「カンですか?」
「だから明言は控えるべきじゃ」
「カンなのですね」
「諸芸の達人は皆それが見えとる」
「カンなのですね」
「それが君のカンだ」
「今、会得しかけましたが、逃がしたようです」
 
   了


2007年10月13日

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