幽霊茶話
妖怪博士宅に幽霊博士が遊びに来た。これはただの呼び名なので、大意はない。
妖怪博士は妖怪の博士ではないし、幽霊博士も幽霊の博士ではない。そのため妖怪の家へ幽霊が訪問したわけではない。
幽霊博士はまだ若い。何度か合っているのだが、妖怪博士宅に来るのは始めて。想像していたような家ではなかったようだ。
洋館のような建物で木々に囲まれた神社のような場所を想像していたのだが、棟割り長屋だった。しかし、間取りは意外と広い。
その奥の六畳の間の真ん中にホームゴタツがあり、そこで応対するのだが、その横は妖怪博士の寝床のようで、流石に蒲団は上げている。
妖怪博士は妖怪の研究家で、幽霊博士は幽霊を研究しているのだが、何度も妖怪博士から辞めるように言われている。
そういうものを追い求めた先、末路はあまりいいことにはならないことを知っているためだ。それと生きている人間が幽霊と関わるのは禁忌事。先祖などの霊を祭るのはいいが、おそらく成仏しているだろう。
幽霊とはこの世にまださ迷っている存在だというのが一応の解釈だが、そのあたりを追求しているのが、この幽霊博士。これは妖怪にも通じるのではないかと思われ、交友している。決して交霊ではない。
「何か、その後、分かりましたかな」
「幽霊の正体に対して、色々と仮説があるのですが、どれも確かめようがありません」
「形而上学ですからな。それでどうなりました」
「お茶が」
「お茶?」
「必要かと」
「ああ、出すのを忘れていました」
「いえ、飲みたいからではありません。そんな催促はしません。でもこれは茶話として聞いてもらいたいのです。だからお茶がある方がいいのですが」
「そういう意味でしたか。玄米と緑茶、煎茶もありますよ。寒いので麦茶はありませんがな」
「緑茶」
「パックものしかないのですが、いいですかな。抹茶が混ざっているのか、毒のような緑色が出ます。いい感じですよ」
「はい、それで、お願いします。これで、一応お茶を飲みながらの、茶話が成立しますので」
妖怪博士は電気ポットで湯を沸かし、ティーパックでさっとお茶をいれた。
「幽霊はレイヤーなのです」
洒落ではない。
「ほう」
「ただし、地続きで同じ空間なのではありません。結論を先に言いますが、パラレルです」
妖怪博士は、もう分からない。レイヤーもパラレルも。ただ、パラレルなら知っている。平行とか並行と言うことぐらいだろうか。
「この世にいるのではなく、あちら側にいるのです」
「まあ、亡くなった人なので、あっちの世界の人なので、そんなものでしょ。しかし、あくまでも想像じゃがな」
「こちら側の空間に、あちら側の人がそこにいるように見えているのです」
「幽霊屋敷に出る幽霊は、ドンピシャの位置で浮かんでいるようなものですかな」
「そうです。現世に止まっているわけですから」
「でも片足はあっちの世界なのじゃろ」
「あっちの世界は、僕には広すぎるので、こっちから見える幽霊などを調べているのです」
「しかし、見える人と見えない人がおるじゃろ」
「少しだけ見える人がいます。これを霊視できる人と言われています。墓場などを夜中通ると、霊がウジャウジャいるとか」
「そんなところで、何をしているのでしょうなあ」
「さあ、やはり場所柄でしょ。それに昔なら、埋めていましたから。今でも骨の一部は入っているでしょ」
「墓地ではなく、幽霊の基地」
「あ、はい」
「また、心霊スポットなどもそうです。別にそこで亡くなった人とか、関係するものが出るわけではありませんが、より見えやすい場所なのでしょう。空気か何かが関係しているのかもしれませんが、人が招いていることもあります」
「そこへ行けば、あっちの世界のものが見えるのですかな」
「見えるというのは光あってのことです。波長です」
「うむ」
「しかし、世界は、この現実のこの一面だけではなく、複数の面。さらに無限の面で構成されているとすれば、その一面一面を透明な紙として見た場合、レイヤーが重なり合っているということです。レイヤーは何もない紙のようなもの、台紙の上に具が乗るのです。ただし具だけのレイヤーもあります。浮遊レイヤー、まさに浮遊霊」
まるで雲を掴むような話だ。
「どうですか、妖怪博士。妖怪もそんな存在なのじゃありませんか」
しかし、向こうの世界の妖怪が見えるのではなく、こちらの世界で想像した妖怪で、作っているのはこちら側で、元絵はこちらにある。あっちの世界からやってきた化け物ではない。
「それだけを言いに来ました。一寸思い付いたので、誰かに話したくて」
「そういうこと、他の何処かで誰かが言っておるんじゃないのかな」
「そうですねえ」
「ところで、その後、幽霊を見ましたかな」
「いいえ」
「じゃ、重なっている透明紙が見えないタイプなんじゃな」
「だから、具が見えません」
「私もそうじゃ、妖怪など見たことはない。しかし、幽霊も妖怪も、実際に見たならば」
「ならば?」
「語らないじゃろう。いや、語る気にはならんと思うぞ」
「それは本当ですか」
「想像じゃ。茶飲み話なので、本気にしてはいかん」
「そうですね。本当のものを見てしまうと、白けそうです」
「だから、想像だけにしておきなさい」
「はい」
「もう一杯どうじゃ、三杯分ほど、このティーパックで、出るのでな」
「はい、頂戴します」
妖怪博士は電気ポットに水を入れに行った。
了
2022年1月28日