小説 川崎サイト

 

語り得ぬもの


 雄弁だった田宮が急に寡黙になった。何かあったのだろう。
 それがショックで、口数が減ったような感じだが、見た目、何かがあったようには思えない。
 田宮は世の中の出来事や、根本的なことなどについての自説があり、それを振り回していた。
 所謂独我論。田宮だけに当てはまりそうな考えで、他の人が聞けば首をかしげるが、あからさまに田宮の目の前で首を傾けないが、肩が凝ったようなポーズはする。
 聞いていて確かに肩が凝る。田宮の間違い、これは明らかで、そこに触れたいのだが、面倒なので、いちいち突っ込まない。
 そのうち、田宮はそういう人だということになり、適当に聞き流している。
 その田宮が寡黙になった。喋らなくなった。口がきけなくなったわけではなく、敢えて自説を述べたり、解説したり、批判したり、がなくなった。
 気付いたのだろうか。しかし、それならとっくの昔に気付いているはず。そのため、やはり何かショックを受けてから、そうなったようで、そのショックが田宮の目を覚まさせたのだろう。
 だが、その後、面白味のない人間になる。とんでもないことを言いだし、とんでもない原理原則を言いだしていたのだが、それを聞くのも悪くはなかったのだ。それが田宮のキャラであり、特徴。
 田宮は論理エラーを起こしていた。矛盾するものを結びつけたりしていた。それも頼りない藁縄のようなもので。そこが滑稽で楽しかった。
 ある日、田宮に好意的な友人が、寡黙な理由をそれとなく聞いてみた。歯が痛いとか、舌の状態が悪いとか、喉が、とかではなく。
 もし、そうなら分かりやすい。喋りにくいので、無口になったのだと。
 だが、普通の会話はそれなりにやっているし、喋るとき、苦しい感じはない。
「世の中には語り得ぬものがあるんだ」
 田宮節が始まった。寡黙ではない。いつもの田宮と変わらない。
 しかし、そこまで田宮は語っただけで、あとがない。
 すると、語り得ぬものばかりを今まで語っていたので、もう語らないということだろうか。
 だが、語り得ぬものがあると語るのはいいのだろう。そして何処までが語れて何処から先が語れないのかが曖昧。自己判断だろうか。その判断を田宮はかなり下げたようだ。それで、寡黙になった。
 それを田宮に言うと。
「うん」とだけ応えた。
 可愛いものだ。
 
   了


2022年2月2日

 

小説 川崎サイト