小説 川崎サイト

 

消えた喫茶店


「いつもの喫茶店に入ったのですがね、一寸座ったところでトイレに行きたくなりました。入るときは感じなかったのに、そして最後の用を足したのはいつかと考えますと、この店に来るときです。家で用を足してから来ました。喫茶店までは数十分です。だから、まだ早い。寒い折なので、冷えたのかな、と思いましたが、それなら店に入る前に分かるはず」
「はい」
「しばらく我慢して、聞いていて下さいね」
「はい」
「それで、コーヒーを飲む前。これは我慢しながら飲むのはよくない。落ち着きません。それで、トイレへ行きました。店内にはありません。しかし場所は知っています。店を出て、少し行くと細い通路があります。その奥にトイレがあることは知っていました。何故なら、何度か入ったことがあるからです。それは」
「はい」
「もう少しです」
「はい」
「それは、家で用を足さないで、出ることがあるのです。そんなときは喫茶店からの戻りに入ります。先に入ることもありますがね」
「大事なことですね」
「そうなんです。非常に大事なことなのです。ここを捉え違えると大問題になる。よろしいな」
「はい」
「さて、それで、話を戻しますと、コーヒーを飲みかけたとき、トイレに行きたくなったので、を出ました。鞄だけ持ってね。本はテーブルの上に置いたまま。帽子とか、マフラーも」
「そこも大事なのですか」
「そうです。誰かがいる席だと分かるようにね。でも大事というわけじゃないですよ。これは命取りにはならない。財布やカードなどは鞄に入ってますからね。それを持って出ていますから」
「家をですか」
「喫茶店です」
「ああ、はい」
「そして、トイレに行き。さっと済ませて、戻ってくると、喫茶店がない」
「はい」
「はいじゃない。もの凄いことじゃないですか」
「そうなんですか」
「だって、戻る喫茶店がないのですよ」
「間違えたのでしょ。戻り道を」
「先に言わないで下さいな」
「ああ、はい」
 
   了



2022年2月3日

 

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