小説 川崎サイト

 

勝谷の文蔵


 勝谷の文蔵が物知りだと言うことで、側衆に加えたいので、呼び出した。
 この領主、戦乱のどさくさで成り上がった国衆。土地の有力者だが、それほど広い範囲ではない。野武士のような豪族だが、地縁はある。
 今で言えば狭い目の市町村レベル。その上の都道府県に当たる勢力があり、県で言えば、その半分ほどの主。それに従っていたため、いつの間にか家臣になり、城も与えられた。それまでは小さな館があった程度。大きな農家と変わらない。
 それで、出世したので、家臣も増やしたかったのだろう。武勇に秀でた家来は多いが、頭の切れる家来が少ない。それで物知りで知られる勝谷の文蔵を呼び出した。
 知者、これは、領主が自ら訪ね、お願いに行くべきだが、そんな礼儀はこの人にはない。山賊上がりだと、今でも言われているほどなので、作法には疎い。
 それで、来てもらうことにした。
 やってきた勝谷の文蔵。見るからに知恵者。賢者の風格さえある。ただ、年寄りではなく、まだまだ若い。
「御狸様を祭っておる寺があるが、本尊は誰じゃ」
「ああ、篠原寺ですね」
「そうじゃ。狸が仏とは思えぬ。御狸様で有名になったが、御本尊は別におろう」
「ミンダラ菩薩と言われていますが、どの菩薩様に相当するかは分かりません」
「よく知っておるのう」
「いえいえ」
「種子島は竹盾で防げるか」
「平べったい板よりもよろしいかと」
「何故じゃ」
「玉が真っ直ぐ入りません」
「竹なので、丸いからか」
「御意」
「室町礼法を心得ておるか」
「はい、一通りは」
「では、わしのその作法を教えよ」
「今ですか」
「師匠になってもらいたいので、わしに仕えてくれ」
「かしこまりました」
 この領主、文蔵がもったいぶった話し方なら、そこまでの話しにしたかったが、その後、色々と聞くうちに、分かりやすく、明解に教えてくれるので、そこが気に入った。
 しかし、この領主を含む勢力が衰退し、室町礼法を使う機会など、望めなくなった。
 勝谷の文蔵は、その後、朝廷のことなども話してくれたが、それも無駄な話。
 この一族、以前に仕えていた勢力が亡びたので、それを滅ぼした勢力に付いたが、領地は元の木阿弥状態に戻された。
 羽振りが悪くなったが、勝谷の文蔵はそのまま召し抱えた。その話を聞いていると、夢があったためだろう。
 
   了


2022年2月9日

 

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