小説 川崎サイト

 

闇からの声


「なほとか村?」
「はい、つい口ずさんでしまうのですが、しまったと思います。何か気味が悪い、不吉な言葉なのです」
「ご存じの村ですか」
「知りません」
「何処かで知った村ですか」
「違います。でも何処かで聞いたのかもしれません。漢字が出てきません。音で知っているのです」
「では、聞かれたとか」
「相手が分かりません。誰かから聞いたという記憶はありません」
「テレビとか映画とかで、その言葉が出てきたのではありませんか」
「思い当たるようなフィクションやノンフィクションはありませんが、その可能性もありますが、何処で言っていた言葉なのかは分かりません。それよりも」
「それよりも」
「もっと奥底から出てくるような」
「ああ、はい」
「前世じゃないですよ」
「そうですねえ。たとえ前世の記憶だとしても、なほとか村だけが出てくるというのはおかしいですからね。ところで、なほとかとは、何だと思われます」
「だから、村です。ムラは村だと思いますし、それに最初から村のイメージなのです」
「お生まれは」
「こちらです」
「ご両親は」
「この近郊です」
「ご両親の実家も村じゃないのですね」
「昔は村だったようですが、そんな面影は殆どないと言ってました。子供の頃、一度連れて行ってもらったことがあるのですが、ここと似たような場所です。そして、なほとか村はもっと山の中とか、辺鄙なイメージなんです」
「因習のあるような」
「そうなんです。その雰囲気が強いのです。何か不吉な。聞いただけで、ぞっとするような。でも、ついつい、なほとか村と独り言を言ってしまうことがありまして、思い出さなければよかったと思います。でも、いきなり来るのです。なほとか村という言葉が」
「あかまがせき、漢字で書くと赤間関。下関のことですが、平家の最後で有名な海です。平家蟹がいるところ。このあかまがせきという言葉が怖いという人がいます。それと同じでしょ。なほとか村も」
「でも平家物語と違い、なほとか村にはエピソードがありません」
「そうですねえ」
「忌まわしい村なんです。その言葉からして」
「忌み地ですか」
「でも分かりません。そんな村があるとは思いませんから。分かっているのはいい場所のイメージではないことです」
「恐山も言葉そのものが怖いですが、話を知っているので、分かりやすいですねえ。しかし、なほとか村だけでは、何とも判断できません」
「すみません。勝手に出てくる言葉なので、正体が分からなくて」
「はい」
「遠い村から何かがやって来るとか、遠い村の記憶が出てきそうな。しかし、それ以上の情報はないのです。言葉の響きが全てなんです」
「意味のない言葉だと」
「そうなんです」
「なほとか村ねえ」
「はい」
「私も、もう頭に入ってしまいましたよ」
「気味が悪いでしょ」
「闇からの声ですね」
「はい」
「お大事に」
 
   了


2022年2月15日

 

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