小説 川崎サイト

 

何かがあった村


「久能村というのありましてね、町名でまだ残っています。おそらくここからここまでが久能村だったのだと。それは農家単位が村単位でして、それがまだ残っているからですよ。もう農業はしていませんが、大きな屋敷として残っています」
「はい」
「ここからここまでが久能村。それは少し離れたとこにもまた農家が見えます。これは別の村です。古い農家は建て替えられ、今風になっていますが、そのまま再現したような家も多いのですよ」
「町名を見た方が早いのでは」
「そうですねえ。旧集落が一つの町名になっています。村が大きすぎると、大字となりますが、今は頭に北とか西とか、そういう名付け方で分割しています」
「そういう説明は、もういいですから、本題に入ってください」
「失礼しました。久能村の話でしたね。一言で言うと怪しい。おかしな村でして。今は普通の住宅地になっていますが、岡があり、起伏がそれなりにあります。その岡の上に郷社があります。村の神社ですね。本殿までは長くて急な階段。岡の下から上までの距離。四階建ての建物の階段を上がるようなものですよ」
「その階段ではなく、怪談を期待しています」
「はい。もう少しです。それで岡の上は平です。というより、岡の下が陥没したような地形なんです。断層ですね。頂上はただの平地で山ではありません。そちらは車で入ることが出来ますが、正面は長い階段側。久能村はその崖の下に拡がる村ですからね」
「何という神社ですか」
「春日神社です。このあたりでは珍しいというより、見かけません。殆どがスサノウさんか、天神さん」
「はあ」
「おそらく荘園だったのでしょう。貴族の。大貴族。公家の中でも上の人。その氏神様ですね。春日大社は」
「そういう話なのですか」
「いや、神社はそれだけじゃなく、このへんにある普通の村の神社もありますし。また、かなり大きなお稲荷さんもあります。祠じゃないですよ。大きなお宮があります。神社やお寺におまけで付いているようなものじゃありません」
「はい、辛抱します」
「さらに、一寸ローカルなエビスさんもいます。変わった名のエビスさんで、エビスさんの兄弟のようなものでしょうか。その他、水神さんもあります」
「我慢しています」
「水利組合云々とかの碑のあるところです。水争いのとき、調整する寄り合いのことでしょ。関係する水域の村が参加しています。そこにあります。断層の高さを利用して、水を流し込み、滝のように下に落としています。かなり高いですよ」
「それで、本題なのですが」
「これだけでも分かるでしょ。神様が多いことを。まだ話していませんが地蔵さんの数も半端じゃない。旧集落部の至る所にあります。多すぎます」
「寺は」
「その数も多いのです。村に一つあれば充分でしょ。ところが四つほどある。村規模としては多すぎるのです」
「で、本題は」
「何かなければ、そんなものを多く作らないでしょ。何か凄いことが起こったのでしょ」
「何でしょう。それが本題でしょ」
「そうなんです」
「教えてください」
「知らない」
「え」
「状況がそう語っているだけで、何が起こったのかは存じません」
「もういいです」
「失礼しました」
 
   了

 


2022年2月28日

 

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