小説 川崎サイト

 

そうじゃなあ


「村上殿には底意がある」
「あの温和で優しげで、大人しいお方がですか」
「隠し事があるので、そういう態度なのじゃ」
「それは考えすぎかと」
「真意のほどが分からん、少しはボロを出してもいいのに、隠すのがうまい。いや、隠す気などなくても、自ずとそういう態度になるのだろう。あの笑顔、屈託のなさ。見た限り隙だらけ。それが逆に怖い」
「どんな底意なのですか。村上様は以前も今も、変わりません」
「まだ、その時ではないためだろう」
「そんな根深いことを、長い間、企んでいるとは思えません」
「何か、事を起こすとかではない」
「じゃ、底意があっても、それを実行しないのですね」
「おそらくな」
「じゃ、心配する恐れはありません。人当たりもいいし、下の者にも丁寧で、上の者と同じように接してくださる」
「そうなってしまうのであろう」
「何故ですか」
「それが村上殿が自然と身に付けた反応のようなもの」
「隠すためにですか。真意を」
「そうじゃ」
「でも、その真意、出すことはないのでしょ。ずっと」
「そうじゃ。だから気になる。本心が他にあるのに、あの笑顔」
「考えすぎなのではありませんか」
「そうかのう」
「これまでも色々な騒動が持ち上がりましたが、村上様の動きが特に変だということはありませんでしたよ。それが村上様の本心じゃないのですか。いつもの村上様ならそうなさるだろうということをなさっておりました」
「では、我が家は村上殿に頼ってもいいのじゃな」
「これまで通り、そうなされませ。しかし、どうして急にそんなことをお考えになられたのですか」
「あの笑顔。あの微笑み。あれが怖くなってきたのじゃ」
「だから、そのままのお方です。そのままお受け取り下さい」
「そちはどう思う」
「先ほどから述べておる通りです」
「微塵の疑いもなくか」
「はい、信頼できるお方かと」
「疑心暗鬼。それにかかっておったようじゃ」
「そんなに村上様の笑顔が怖いのですか」
「笑うとエクボができる。あれが怖い」
「いいお顔ではありませんか」
「よすぎて怖い」
「しかし、村上様にも本当の気持ちというのはあるでしょうねえ。表には一切出されませんが」
「そそ、そうじゃろ」
「それって、どなた様でもそうですよ。殿も、そうじゃありませんか」
「そそ、そうじゃなあ」
 
   了

 


2022年3月2日

 

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