小説 川崎サイト

 

世間を見てきた若者


「元に戻ったわけか」
「以前とは違います」
「同じことだ」
「少し、賢くなりました」
「自分で言うでない」
「はい」
「で、どう賢くなった」
「老いた猫のように」
「一気に年を取ったものだなあ」
「若い頃の一年は違います」
「成長が早いからのう。しかし、老いた猫など、先など短い。役に立つのか」
「私はまだ若いので、先々があります」
「では若年寄か」
「そこまでではありません」
「以前よりも賢くなった程度か」
「はい」
「まあいい。戻ってきてくれたので助かる。色々用事が増えてのう。元山では間に合わん。やはりおぬしでないとな」
「勝手致して申し訳ありません。どうしても外に出たかったのです」
「若い頃にはよくある。これでいいのか、今のままでいいのかとな」
「はい」
「それで、もう気が済んだのか」
「はい、世の中を見て参りました。色々な方々ともお会いしました」
「もう済んだのか」
「済みました」
「で、何を得て、戻ってきた」
「何も」
「ほほう。それはいい」
「特に何もありませんでした」
「鈍いのか」
「いいえ、しっかりとこの目で、この耳で」
「何もなかったので、戻ってきたのだな」
「そうです」
「おぬし、最初から老いておったのじゃ」
「そうなんですか」
「最初から老いた猫じゃったのだよ」
「しかし、賢くなりました」
「それが分かったからか」
「そうです」
「ふてぶてしい奴だ。そこが気に入っておる。その動じないところがな」
「はい」
 
   了


 


2022年3月3日

 

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