小説 川崎サイト

 

雨の手加減


「雨ですなあ」
「久しぶりでしょうか」
「そうだね。晴れが続いていたので」
「春の雨ですか」
「いや、まだ早い。これは冬の雨。そちらに属するものと思われる」
「春の雪はどうでしょうか」
「寒の戻りだろう。だから冬の雪」
「でも季節は完全に春ですよ」
「それは人が勝手に決めた暦。天はそんなことを断らない。冬も春もない」
「常夏だったりして」
「それも決まりはないが、天の下というのはある。そこではローカルじゃろう」
「天の下ですか」
「上にある空。その下で暮らしておる場合、その天が天じゃ。他にも天はいくらでもある。移動すればな」
「じゃ、天は一つではないと」
「この丸っこい地球から見ての天にしか過ぎん。ただ上にあるので天、空。夜は星がきらめく夜空。上にある。下にはない。しかし、この丸い玉の地球の裏側は天は下にある。こちらから見ればな。しかし、地面があるので、見えん」
「しかし、今日の雨。少し暖かいですねえ。やはり春の雨じゃないのですか」
「どちらでもいい。雨は雨じゃ」
「そうですねえ。この雨、やむと、ぐっと春めくような気がします」
「そうじゃな」
「春を呼ぶ雨なんですよ」
「誰が」
「春自身じゃないですか」
「春が春を呼ぶのか」
「他に呼びそうな人がいませんので」
「自分が自分を呼ぶ。うむうむ、その感じじゃ」
「填まりましたか、ツボに」
「自身が自身を呼ぶ。すると自分は二組あるのか」
「でも、春君とか春さんとかはいませんよ」
「私の隣に住んでいた叔母さんが春さんじゃった」
「知りません。過ぎるでしょ」
「何が」
「ローカル」
「結局はそういうものばかりの集まりなんじゃ」
「ローカルの」
「固有のな。その人が経験したものが世界になる」
「でも、それとは別に、一般的な世界もあるでしょ」
「それもその人の中に含まれておる。それも経験しておるじゃろ」
「それよりも雨の話で、簡単な話だったのですが、長引きますねえ」
「長雨になるかもしれんのう」
「手加減、よろしくお願いします」
 
   了



 


2022年3月4日

 

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