小説 川崎サイト

 

妖怪廃泥


「昔からいるのです」
「ハデンですかな」
「廃泥と書く妖怪です」
 妖怪博士も知らない。記録がないためだろう。しかし、口伝として残っていたらしい。書き置くこともなかったのか、また偶然、昔の人が書き漏らしたのか、または知らなかったのか、それは分からない。
 いつもの妖怪博士宅奥の六畳の間。ホームゴタツを挟んで、話している。
 たまに、こういう、いきなり来る人がいるのだが、来ることは担当編集者より聞いていたので、突然の来訪ではない。
 廃泥に関しては興味がないようで、編集者は来ていない。
 泥坊という妖怪に近いかもしれないが、出る場所が廃寺。しかも生乾きの、まだ崩れたものが残っているようなお寺。放置された寺で、崩れるに任せている。
 その殆どが山寺。里からは少し遠い。だが、元々寺とは、山門というぐらい、山にあった。
 死んだ人はその近くの山に帰るのだという話が昔からある。仏教以前の話。
 その寺、元々は修行僧の庵。そこで暮らしていただけで、寺ではない。しかし、里人はこの僧に懐き、また僧も色々と相談に乗ったり、争いごとの仲裁に入ったり、また証人になることも多かった。根付いていたのだ。
 その後、旅の高僧が、その地を訪ねたが、もう庵はない。庵の僧は亡くなったが、有名な人だった。それで旅の高僧が寺を建てるように言った。
 これが寺が出来た由来。
 しかし、山寺なので、不便。檀家も最初はいたが、世代交代ごとに減り、貧乏寺となる。
 妖怪博士と話しているのは、元檀家の人。妖怪博士よりもうんと若い。年寄りが暇潰しに、そういうことに興味を持ち、妖怪を追いかけているわけではない。暇が先なのではなく、元々妖怪が好きなのだ。と言うよりも、不思議なことが。
 本殿は崩れ、ぺしゃんこで、屋根は地面にある。
 周囲にも休憩所や、受付とか、住職が住んでいた家なども残っている。当然里人の墓も。また、倒れていない建物もある。
 そういうところに廃泥が出るらしい。坊主頭で、頭はあるが顔はない。くにゃくにゃと伸びた手足。それで異様な動きをする。まるで暗黒舞踏。
 それが一体ではなく、何体もいる。廃寺とか廃墟を好む妖怪で、虫のように湧く。
 ただ、跡形もなく消えてしまった廃寺などには出ない。
 妖怪博士にそれを語る中年男。脂ぎった顔と充血した目。瞼は三重。唇が分厚く、頬は瘤のように膨らんでいる。もぐもぐと食べているような膨らみ具合。
 妖怪よりも、それを語る人が妙。妖怪博士は最初からそれを感じていた。これは濃い人だと。
 要するに妖怪マニアなのだ。
 それだけに、妖怪の創作も巧みなようで、妖怪博士よりもうまい。
 山寺なので、敷地が広い。だだっ広い境内の中で蠢く廃泥。そのおぞましい姿を私は見た。となる。
 妖怪博士は「はいはい」と応えただけで、お引き取り願った。
 
   了

 



 


2022年3月5日

 

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