小説 川崎サイト

 

法眼の辻


 小さく短い街道だが、山間のましなところを貫いている。ましではないところを避けているためか、くねくねと蛇のように曲がっている。蛇街道とも言われる所以だ。
 その途中に少し膨らみのある場所があり、左右に走る道と交差している。そこが法眼の辻。左へ行っても右へ行っても村や町などありそうにない。雑木林が拡がっている。ほぼ自然林に近いが、生えている樹木はまばら。
 ここを行き来する旅人や、近在の人達は、その枝道には入らない。何かややこしい場所のためだろう。また用もない。
 左側はすぐに山にぶつかる。右はしばらくその繁みが続くが、人の気配がする。人がいるのではなく、人工物。柱だけが立っていたりする。樹木と間違えそうだが、四角な柱。敷地跡は地面の色が違うので、すぐに分かる。瓦のかけらが残っている程度で、井戸が結構目だつ。四本の柱があり、屋根もあったのだろう。柱は一本だけ残っているが、傾いており、蔓草が囲んでいる。
 そういう建物跡らしきものが、雑木林の中にいくつかある。高い木よりも、潅木の勢いが強いらしく、結構背の高い低木だ。
 一本だけ、遠くからでも見える巨木があり、いい目印になるのだが、人の背丈ほどから二叉となり、そこに何やら乗っかっていたような形跡がある。掴み所のない幹なので、簡単には登れない。何かがあったらしい形跡があり、幹が傷んでいること。筋が入っていたりするので、自然にできたものではない。何かを乗せるなり括り付けていたのだろう。
 鳥の巣ではなく、人間の巣。
 よく調べれば、建物らしいものは、その木の股の小屋跡を含め五つほどある。
 法眼とは菩薩の知恵のようなもので、五つの法の目を持って観察するとか。ここでの法眼は位の高い医師とか、有名な連歌師などもそう呼ばれている。だから位としての法眼。官位だ。
 この法眼の辻の法眼さんは歌詠みだったらしい。だが、そんな位にはなく、名の通った人達でもない。
 旅の連歌師達が菩薩の法眼にあやかって五つの庵を立てたらしい。丁度五人いたのだろう。
 道の右側はそんな感じだが、左側の山の取っつきに石饅頭がポツンとある。法眼さんの中の一人だ。
 
   了
 


2022年3月7日

 

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