小説 川崎サイト

 

野菜の直売

川崎ゆきお



 住宅地を貫く道路には歩道があり、街路樹もよく育ち、緑色のトンネルのようになっている。
 絶好のウォーキングコースだ。
 夏場は日の出前から歩いている人々がいる。陽が昇るともう暑いからだ。
 秋も深まると日の出は遅くなる。しかし毎朝五時に歩く人は、まだ暗くても歩いている。それより遅くなると都合が悪いのか、あるいは起床時間に合わせているかだ。
 冬場は暗いので、ずらすことも可能だろうが、それでは待ち時間に苦慮する可能性もある。
 ウォーキングから戻ってきてからの朝食が日課になっている場合、朝食時間を動かす必要がある。それなら暗くても動いたほうが好ましいのだろう。
 そのウォーキングコース内に朝市が立つ。まだ暗いうちから準備され、野菜や切り花が売られている。
 ターゲットは歩いている人々だ。健康のため歩いている主婦が多いため、客になる。
 売られているのは取り立の野菜で、さっきまで畑にあったものだ。
 新鮮な野菜とウォーキングは健康というキーワード上相性がいい。
 この朝市は月に数度しかない。野菜や花が育つまで、待たないといけないからだ。
 早朝ウォーカーの口コミで自転車で買いにくる主婦もいる。価格は安く野菜の量も多く、そして新鮮なのだから、スーパーで買うより条件がいい。
 住宅街だが、もともと農地だった場所のため、古い農家や田畑がまだ少し残っている。
 売っている年配の男は百円を百万両と呼ぶような気象の持ち主だ。
 朝市は昼を待たずに売り切れる。それ以上の在庫がないためだ。
 大した儲けにはならないため、これで食べているわけではなさそうだが、小銭にはなる。
 初老の男たちも買いにくる。散歩コースの歩道で売られているのだから、いやでも目にはいる。
 田代老人もその一人で、夏場買ったトマトの味が忘れられない。
 その朝は水菜とインゲン豆を買った。
 五百円玉を出すと「はい三百万両お返し」と相変わらず威勢がいい。
 田代老人はそのたびに、自分もこういう小商いをやって固定収入欲しいと思うのだ。
 
   了


2007年10月17日

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