下がる
「見苦しい、下がれ下がれ」
殿様は機嫌が悪くなり、側近の佐々木を下がらせた」
佐々木を見ただけで苦しくなるわけではないが。
しばらくして、殿様は佐々木を呼んだ。話の続きを聞きたかったため。
しかし、控えの間に下がっているはずの佐々木がいない。同役に小姓が聞くと、下城したようだ。まだその時刻ではない。
「そこまで下がる奴があるか、呼んでこい」
今度は佐々木と同輩の側近が佐々木家の上屋敷へ行った。
佐々木家は重臣で、何度も筆頭家老を務めた家柄。一番偉い家来、家来の代表ということだ。
佐々木の父親は今は閑職だが、位の高い役職に就いている。これは名ばかりで、名誉職。いずれ息子が跡を継ぐはず。
その息子、佐々木道明という秀才。
さて、城からの迎えが来たのだが、道明は本拠地に戻ったらしい。何処まで下がるのだ。
それを聞いた殿様は不快になった。下がりすぎだ。
ある者は不信を抱いた。謀反ではないかと言う者もいた。
佐々木家は大きな領地を持っている。戦いがあれば中軍。主力軍なのだ。特に佐々木勢の兵は多い。豊かな土地を領していることもあるが、私兵を多く雇っている。これは佐々木家に仕える武士達で、ただの家来だが、その数が多い。
佐々木家は国衆と呼ばれ、元々領地を持っているのだ。しかし、今はこのあたりを広範囲に支配している大名に属している。そこの家来として。
下がりすぎた佐々木道明は、本拠地で過ごしていた。ここには祖父などがいる。隠居さんだが、まだまだ権威はある。当主よりも。
「ここまで下がったのか、道明」
「はい」
「天晴れじゃ、もっと下がってやれ」
道明は支配地を管理しているいくつかの館の一つにまで下がった。数ヶ村を差配している。当然そこにも佐々木家の縁者がおり、その家来衆もいる。
道明は本家の跡取り息子、つまり嫡男なので、大事にされた。
そこへ、祖父からの使いがあり、もっと下がれと言ってきた。
あとは寺ぐらいしかない。そこに入った。
一方、城では、これは怪しいという者があったが、逆に疑われたことで、もはやこれまでとばかりに、本当に裏切るかもかもしれない。と、殿様は考え、僅かな手勢を率いて、道明が潜伏している寺へと向かった。
いつの間にか潜伏となっていたのだ。
滅多に蹄など聞かない寺の前で、馬のいななきなどを聞いた道明はすぐに表に飛び出した。
殿様は供を待たせて、道明に近付いた。
「乗れ」と言っている。
道明を後ろに乗せた馬はゆっくりと歩きだした。流石重いのだろう。
「道明」
「はい」
「ちと、下がりすぎじゃ」
了
2022年3月24日