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桜の咲き始める頃
「桜が咲きました」
「このところ寒いし、雨も降っていたので、遅れるかと思ったのですが」
「いえ、順調に蕾も色付き、膨らみ始めていました。雨や寒さとは関係なく、徐々に」
「ほう、影響があるはずなのに、順調でしたねえ」
「寒い時期があったでしょ。あれがなければもっと早く開花していたかもしれませんが、見た目、分かりません」
「毎日見ていたのですか」
「そうです。一日一回」
「ご自宅の桜」
「いえ、通り道にある桜です。一番多く植えられているソメイヨシノ。それよりも早く咲く品種もあるようですが、やはり周囲の桜が揃って咲かないと、咲いた感じがしませんので」
「なるほど」
「その近くにある梅はもう散りました。交代です。また、その近くにある真っ赤な椿の花も、地面が隠れるほど下に落ちています。もう春ですからねえ。でも椿はまだまだ粘るようですよ」
「じゃ、今年も咲きかけの桜が見られたわけですな」
「そうです。昨日咲いていなかったのが、今日咲いている。数輪ですがね。咲きかけです。この状態が好きなのですが、花見としてはまだ早い」
「一週間もすれば、もう十分花見ができますよ」
「はい、毎年見ています。しかし」
「しかし」
「桜は時期が来れば咲くでしょうが、その時期になっても見に行けない年もある。さらにもう二度と花見などできなくなっていたりも」
「今年は大丈夫ですね」
「満開までは、今年も見られるでしょう。こればかりは分かりませんがね。見ることが出来るだけでも有り難い話です。いつもの通り道を通れるのですから、車じゃなく、歩いて、そこまで行ける」
「何処か、体でもお悪いのですか」
「それは終わりました」
「え、終わった。治ったのですね」
「いえ、逆です」
「逆。じゃ、悪化した。それじゃ花見どころじゃない」
「足で歩いて、ここまで来たわけじゃありませんよ」
「え」
「しかし、そろそろ、行かないといけないかもしれません。もっと遠くへ。そうなると、花見など、もうできませんので」
「ど、何処へ行くのですか」
「もうこの世とは切り放された世界らしいのです」
「あのう、突然ですが一寸、用事を思い出したので、失礼します」
「はい、御達者で」
怖いものと遭ったと思い、逃げ出したのだが、振り返ってみると、あの老人はまだ桜を見ている。そして、通りかかりの人と、何やら話している。
近くまで寄り、盗み聞きした。
すると、先ほど、自分と話したことと同じ内容だった。
桜の咲き始め、おかしなものが出るのかもしれない。
了
2022年3月26日