小説 川崎サイト

 

活動家


 下崎三右衛門は、もうどうでもよかった。
 暖かくなってきたので、濡れ縁に座り、庭の桜を見ているだけで、充分だった。
 芝垣藤十郎がたまに訪ねてくる。今日もまた来たようで、裏木戸から入ってきた。
 下崎三右衛門が桜を見ている時間はそれほど長くはない。一寸座り、さっと眺めて、さっと座敷に戻ることが多い。
 もう寒くはないので、座敷で寝転んでも見ることが出来るが、それほど見たいとは思わない。咲いているから見ているだけで、目立つため。
 だから芝垣藤十郎は良いときに来た。下崎は家人に座布団を持ってくるように、言い出したとき、芝垣はそれを制した。いらないと。
 では、茶ではどうだ、酒もあるぞと、勧めたが、それもいらないという。
 これは下崎家でもてなされたことは一度もないということをいいたいため。
 芝垣は活動家で知られているので、そのあたりにも気を遣うのだろう。
「わしはもうどうでもいいのじゃがなあ」
「また、ひと花咲かそうかとは思いませんか」
「咲いた花などすぐに散る」
「何度も咲けばよろしいかと」
「返り咲きか」
「何度もお願いに伺っておるのですが、そろそろご返事を」
「だから、もうどうでもいいのじゃ」
「では、それがご返答だと解し、よしなに取り計らいますが、よろしいですな」
「ああ、もうどうでもいい」
 芝垣藤十郎は、意を得たとばかり、さっと退散した。
「おい、塩でもまいておけ」と下崎三右衛門は家人に伝えた。
 その後、異変はない。
 満開になった桜も散り始めている。
 活動家の芝垣藤十郎は姿を見せない。
 その代わり、藩の役人が押し掛けた。事情を聞きたいという。正使と副使が来ている。どちらも若い。
 芝垣藤十郎の居所を探しているらしい。また、その関係も知りたいと。
 遠縁の者で、桜が咲き出した頃、遊びに来たが、それ以来顔を見ていないこと。何処へ行ったのかは知らない、などとそのままを伝えた。
 役人はそれで納得し、さっと帰っていった。形式的なことだろう。
 芝垣藤十郎が何をしでかしたのかは知らない。また、その噂も伝わってこない。
 しばらくして、家人が町家で、噂を聞いたようで、それを伝えた。
 まだ若い国家老の若奥と駆け落ちしたらしい。
 活動家だと聞いていたが、そちらの活動もやっていたようだ。
 
   了
 
 


2022年3月30日

 

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