小説 川崎サイト

 

竹見へ至る


「人出が多いですねえ」
「桜は満開、天気はいい」
「子供は春休みですしね」
「春爛漫」
「仰る通り」
「まあ、決まり事のようなもの。条件が揃うと、人出も多い」
「少数派以下ですが、雨の降る日だけを選んで花見に行く人がいます」
「雨桜でしょ」
「よくご存じで」
「雨だと流石に人出は少ない。屋根でもないと花見で酒宴も弁当も開けませんからねえ。しかし、雨桜の人達は一人で来ます。そして何も食べないし、飲まない。ただただ傘を差し、突っ立っておる。その視線の先は桜であって桜ではない」
「人に見られるとまずいですねえ。変な人だと思われそうで」
「だから、一寸辺鄙なところにある名所。これはお寺が多い」
「それをやり始めた人を知っていますが、もう引退したらしいです。この人が雨桜の本家。家元でした」
「何故引退したのか、分かりませんかな」
「噂では真似する人が増えて、五月蠅くなったとか」
「私も真似た一人ですよ」
「引退後は、雨梅に変えたそうですが、これも真似る人が増えた」
「雨梅。まさに梅雨」
「桜よりも早いです。だからまだ冬」
「その後の噂を知りませんか」
「噂では雨竹をやっているとか。でも何処の竹藪かは分かりません」
「雨の降る中、竹藪の奥で傘を差し、じっと竹を見ている人。確かに不気味ですねえ」
「これは真似る人がいないようです。竹藪なんて、人気がないでしょ。それに雨の日に竹見などする人、いないと思いますよ。竹の子狩りなら別ですが」
「そうですなあ。やはり花が咲き、人出がないと駄目でしょ。ところが雨で人出がない。そこが雨桜の狙い目だったんでしょうねえ。天気が悪いと、人は来ない。出掛けない」
「雨竹見ではさすがに真似る人もいない。だから何処かでやっていると思いますよ。竹も花が咲くようですが、滅多に咲かないでしょ。だから花のない竹なら年中竹見が出来る。そのため、別に雨の日を狙わなくてもいいのですが、どうもその人、傘を差したいようです」
「松竹梅の順で行くと、次は松見だねえ」
「そこまで行くと、もう桜の花見からはかなり離れますよ」
「離れすぎだな」
「しかし、今日は人出が多い」
「まあ、その中に私達も混ざっているのですから、その一個ですよ」
「そうでしたねえ。一個」
 
   了

 


2022年4月2日

 

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