小説 川崎サイト

 

松が峰の吉蔵


「松が峰の吉蔵だが、そんな場所が本当にあり、本当にいるのか」
「私も噂では聞いたことがあります。何をしている人なのかは分かりませんが、大層な方だと」
「凄い人なのか。高い身分の人とか」
「それも分かっていませんが、巷ではそういう噂です」
「行った人がいるのか、その松が峰」
「さあ、行ったらしい人はいるようですが、噂です」
「場所が分からぬと聞いたが、探し当てたのか」
「さあ、そこまでは存じません。尾びれ背びれが色々付いているようですが」
「吉蔵という人は何歳ぐらいだ」
「まだ若いとも言われ、年寄りだとも言われています。吉蔵が多くいるのではないかと思われます。一人ではなく」
「松が峰とはどんな場所だ」
「山中の村かと」
「それならいくらでもある。特定できぬのか」
「松が峰という峰はありますが、そこではないようです。なぜならその近くに村はありません」
「それは何処にある」
「何が」
「だから、松が峰だ。本当にある山なのだろ」
「ありますが、呼び名です。土地の人は芝刈り峰と呼んでいます」
「それじゃ、村から近いのではないか」
「近くの村から遠くに見える遠さです。芝が多そうな山なのですが、遠いので」
「そこが松が峰ではないことは確かなのだな」
「吉蔵さんが住んでいそうな村はありませんから」
「では、他に候補はあるのか」
「松が峰と呼ばれている山は多いかもしれません。松の生えた山ならいくらでもあるかと。松山です」
「じゃ、松が峰も特定できないのなら、吉蔵も何処にいるのか分からないということになるなあ」
「そうです。でも、松が峰の吉蔵として人の口に上ることがあります」
「どういうときだ」
「それも分かりません」
「では話の上だけの人なのか」
「その可能性も高いようです。そちらの方が正しいかもしれません」
「では、吉蔵の話を作った人がおるのか」
「分かりません。誰かが言い出したのしょうが、誰だか特定できません」
「それなのに、何処にあるのか分からぬ松が峰を探したり、吉蔵を探しているのか」
「本当に松が峰があり、そこに吉像さんがいると信じている人もいますから」
「探すのはいいが、用があるのか」
「用とは」
「頼み事をするとか、助けて貰うとか、何かを教えて貰うとか、またはただ単に見に行くとか」
「それもひと様々なようです」
「曖昧な話だなあ」
「まことにもって」
「ふむ、もういい、下がれ」
「ははあ」
 
   了
 


2022年4月25日

 

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