小説 川崎サイト

 

仏隠し


 ムッとするような腐った畳の匂い。床板が破れ、床下が見えている。そこから風でも来るのか、匂いがこちらに来る。それに合わせて破れた壁。これも竹の骨が見え、藁を含んだ粘度も見えている。ここからの匂いは何故か懐かしいと妖怪博士は感じた。
 廃寺というよりも放置された寺。まだ生々しい。誰かが中に入り込んだのか、落書きが残っているが、途中でやめたようだ。
 本堂は危なっかしくて歩けないほどで、踏み外したあとがあるので、安全なところは何となく分かる。
 奥に仏像とかを乗せていた台が残っているが、飾り物はほぼない。ただ、ガラクタに近い飾り花などはそのへんに散らばり、木魚やカネはないが、仏具と思われる鈴の飾り物が取れたのか、それが落ちている。
 また正面の須弥壇の横に椅子がある。これは和風か中華風か分からないが、中華料理店の椅子に近い。ここの住職が座っていたのだろう。
 新聞や雑誌も散乱しているのだが、最初からここにあったのか、ここに持ち込んで、その椅子に座り、誰かが読んでいたのかどうかは分からないが、新聞の日付を見ると、結構古い。まだ放置される前のものだろう。
 住職が仏隠しに遭ったとされる寺。神隠しと同じようなものだが、場所が場所だけに仏が僧侶を連れ去ったのではないかと思われる。悪い場所ではないはずだが、極楽浄土ではないだろう。
 妖怪博士は足元が危なくなっている寺のあちらこちらを探したが、仏隠しに関係するような痕跡は見付からない。
 ただ、その新聞や雑誌を読んでいるときに消えた可能性が出てきた。それは誰にでも分かることだろう。
 つまり、突然消えたことになる。
 その他の周辺事情は担当編集者が調べ、一番気になっていた寺の経営も、悪くはなかったらしい。敷地が広いため、墓地を広げようとしていたようだ。
 そのため、夜逃げしたわけではない。
 住職は独身で、まだ若かった。先代住職のあとを継ぐ息子がいなかったので、本山から、ここに来たらしい。
 地元の人達との関係も悪くはなく、すぐに馴染んだようだ。結婚してはどうかという話も持ち上がっていた。
 寺にあった仏像や仏具、そして記録のようなものは本山で保管されている。いずれも平凡なもので、値打ちのあるものではないが、仏像などに値を付けるものではないので、大事にしている。いずれその寺に戻すまで。
「先生、果たして本当に仏隠しでしょうか」
「仏像を隠したので、仏隠しじゃないか」
「それは保管のためでしょ」
「まま、行方不明になる件数はかなり多いとされておる。年間何万人にもなる」
「じゃ、ここの住職も、勝手に行方をくらましたのでしょうか」
「いや、神隠しは本人の自発的な行為ではない。ある場所で、一瞬で消え、その後、消息はない。足取りはそこまでで、それが山の中の小道だったりする。昔の話じゃがな。今は、どんなところで、すっと消えるのかは分からんが、消える瞬間を見た人間などおらぬ」
「じゃ、世界中で、シュンシュンと消えているのですね」
「行方不明者の中に、神隠しと同じ現象が混ざっておる程度で、自ら行方をくらます蒸発の方が多いかもしれんなあ」
「ここの住職もそうなのではありませんか」
「くらます理由がないようなのでな。そこがよく分からん」
「神隠しじゃなく、仏隠しとされていますが、その人さらいの仏を妖怪と見立てて、よろしくお願いします」
「違っているとバチが当たるぞ。本当の御仏が連れて行ったのかもしれんからなあ」
「そこを何とか妖怪物に」
「ああ、出来るだけ、そう匂わすように書いてみるよ」
「はい、よろしくお願いします」
 
   了

 


 


2022年4月29日

 

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