小説 川崎サイト

 

ふっとしたもの


 あまり凝ったことばかりしていると、ふと気が抜けたとき、ふっとしたものがよかったりする。予想されていないことで、圏外。思いも付かないような、ふっとしたものがそっとある。
 これはシンプルなものかどうかは分からないが、その構造や構成を考えると、大したことはなく、複雑には見えない。
 また、単純にすっと目に入ってくる。気付きにくいもので、普段からそれを見ていたとしても何でもないことなので、気にも意にも留めない。
 ただ、ややこしいものばかりをやっているとき、それが現れると新鮮。清々しい。だから、それは作って作れるものではないことを田中は感じた。
 再現性がない。もう一度出来ないし、そういう狙いがあるときは逃げてしまうだろう。捕らえられない。
 これは天然自然なものではないものの、そんな人が、そんな場所で、どうして座っているのかと思うような出来事。独自の佇まい。
 田中はそれを解説すればするほど臭くなり、汚れていくことが分かる。これは扱ってはいけないのだと、そのとき、確信した。
 そのものは再現できないが、近付くことは出来る。だが、そのものではないので、やはり違うのだが、それに近いだけでもいいような気がしてきた。
 それへの近付き方、そんなものはない。だから田中の持っているカンが頼り。
 だが、そのカンは外れることが多く、当たることは少ない。カンを杖に彷徨い歩くのだが、何処へ向かっているのかも分からない。
 これで合っていると思う場合も、カンと照らし合わせての話で、全部が全部、田中の中の世界だろう。
 つまり、このカンは当たっているというのも、田中のカン。それが勘違いだったとしても、気付くまで分からない。
 ただ、田中のカンでは当たっているということだけは分かる。何がどう当たったのかは分からない。そんな気がする。した、程度と頼りない。
 ふっとしたもの。泡のように浮かんだだけ。しかし、感じるところが田中にあったのだとすれば、そこに何かその原因があるのだろう。
 そこに何かが含まれているか、ただの全体の印象程度なのかも、これは探る必要はあるが、それはしてはいけないと田中は考える。分析すると臭くなるのは、先ほども考えていたこと。弄ると駄目になる。
 田中が見た、ふと見たふっとしたもの。これは誰にも言えないし、言っても分からないと思うので、概略だけを親しい友人に話した。
 友人は、
「へー、あ、そう。へー、あ、そう」と目をぱちくりさせていただけで、話の中身ではなく、田中が変なことを言うので、気味悪がっただけのようだ。
 
   了


 


2022年4月30日

 

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