小説 川崎サイト

 

村気


「白石町の向こう側まで行ってきましたか」
「いえ、白石町を一周して戻ってきましたが、それが何か」
「それじゃ白石は分からない。まあ、今更分かっても仕方のない話なのですが、まだ、それが続いているかもしれませんよ」
「何でしょう」
「白石の外れ、そこに祠があったでしょ」
「ああ、ありました。そこだけ松の木が伸びていて、少しこんもりしたところでした。塚ですか」
「分社です」
「ああ、白石神社の」
「そうです」
「それを見ただけでは分からないでしょうねえ。そこは白石の外れ、端っこです。その向こう側の町まで行かないとね。まあ、昔は村でしたが」
「何があるのでしょう」
「今も、そうなっているのかもしれません。あなたが見たその分社、供え物とか、あったでしょ」
「綺麗に掃除されていました。よく手入れされていました」
「おお、結構細かいところまで観察しておられる。しかし、その先へ行かないとね」
「その先って、隣町」
「黒三須町です」
「何があるのですか」
「白石とそれほど変わりません」
「何でしょう」
「ちょっと変わった村同士なのですが、まあ、なくはない。よくあるかもしれませんが、村と村とが背中合わせ。どちらからも裏側に当たります。村の正面じゃない。しかし、くっついている。村はもっと離れていないとね。これじゃ、まるで一つの村」
「はあ」
「近すぎるのですよ。それに裏口から出入りし合うようなもの。まるでご近所さん。確かに近いですが、隣村がこんなに近いと、ちょっとね」
「それと分社とは関係しますか」
「あなたが見た白石神社の分社、その向こう側へ行っておられれば、あちら側の分社も見ることが出来たでしょう。黒三須神社のね」
「何でしょう」
「番所のようなものですよ。ただし番人などいませんし、それに人に対するものじゃありません。気です」
「気?」
「村気というものですかな」
「それは何でしょう」
「近すぎる位置にいる人の息は臭いというようなものでしょうか。村と村との距離が近すぎるので、その魔除けです。気除けです」
「今はもう町でしょ」
「村は一つの家のようなものです。村人同士は身内、家族のようなもの。しかし、一歩外に出て、別の村に行くと、そこは違います。その一歩で隣村まで行けるのですから、接しすぎなのです」
「でも村ですから、間に田んぼとかがあるでしょう」
「集落箇所、つまり家が建っている場所が背中合わせでくっついているのです。お隣は、別の村の家になります」
「そこまで、見ていませんでした」
「だから、白石町だけを見学しても、分からないことなのですよ」
「ああなるほど。しかし、そんな分社、もう必要はないのでしょ。ただの住宅地ですから」
「いや、まだ神様の領域では、生きておるかもしれませんなあ」
「お隣の村の気が入ってこないようにガードしている祠だっのですね。そんなものがあるとは、知りませんでした」
「私も、これは想像で言っているのですがね」
「あ」
 
   了

 


2022年5月1日

 

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