小説 川崎サイト

 

戻ってくる


 いつも戻ってくるものがある。しかし、しばらく使っていると、不満を覚え、他のものに代える。それがまた気に入らなくなり、さらに違うものに代える。
 それを繰り返していると、しばらくは定着することもあるが、次は飽きがやってきて、別のものを使いたくなる。それもまた、不満な点があるので、別のものに移行する。
 これは短い場合もあるが、長い場合もある。しかし、何処かで代えてしまう。理由は様々だが、それが悪いからではなく、別の問題から来ていることもある。
 そして、そういった周期に入ると、決まって最後の方に出て来るものがある。これがいつも戻ってくるもので、遠く離れていたが、やはりこれが一番いいと思い返し、戻ってくるのだ。そして、しばらくは、それを使うことが多い。
 では、最後に戻ってくるものとは何だろう。これもそれほど古い時代から続いているものではなく、最近使っているものの中での話。
 要するに使い勝手がいい。痒いところに手が届く。簡単で早いとか軽快とか。
 これがおそらく下田にとっては理想的なのだが、それとは別のものに目が行く。理想ではないものに。
 つまり理想的すぎると、言うことがない。そしてあるとすれば、理想的すぎて不満なのだ。これは贅沢な話で、余計なことをしていることでもあるのだが、戻ることは分かっている。
 だから、理想的ではないものはそれほど続かないことを知っている。ただの好奇心、座興のようなもの。
 そして下田は今回も戻ってくるところに戻ってきたのだが、前回に戻ってきたとき、さらにその前と比べて、価値が上がっているのに気付く。ものは同じだ。ただ、受け止め方が違う。
 これを得たいがため、長い旅に出ていたようなもの。
 ただ、ここから離れてもいい。理想的なものが他にあるのなら、そちらへ引っ越してもいい。
 しかし、そこで定着することはないはず。何処かで違うことをするだろう。そんなとき、戻ってくる保証はない。これはやってみないと分からない。
 今のところ、理想的なのは一つだけ。これがまだ理想に近いという程度だが、これは戻ってくることが出来るのは何度も確認している。
 そしていつでも戻ってこられるものほど、何度も見切りを付けてもいいと思う気持ちになったことがある。もう戻らないと。
 しかし、しつこく、そこへ戻ってくる。こういうのは滅多にない。他のものではそうはいかなかったりするので、これは本物だろう。
 下田はそう思うしかないのだが、それほど強い信念ではなく、仕方なしの妥協点のようなものに近い。
 
   了

 


2022年5月4日

 

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