小説 川崎サイト

 

愚鈍の嫡子


 戦国の世。親兄弟でも争うような時代だったらしい。実際、そのような戦いが記録されている。これは兄弟ではないか、親子ではないかとすぐに分かるような。
 渡井家の家督争い。よくあることで、嫡子の源五郎よりも次男の徳次郎が有力視されていた。源五郎は愚鈍。つまり頭のキレが鈍い。しかし馬鹿ではない。それに家臣へのウケも悪い。愛想がないというよりも鈍いのだ。
 その逆を行くのが次男の徳次郎。三男もいるが、まだ子供。
 次男の徳次郎が殿様になった方が家臣は何かと都合がいいのだろう。それに他国に対しても愚鈍を殿様にするよりはいい。
 嫡子の源九郎に付いている家老は年寄りが多い。父親が付けたのだ。重臣ばかりだが、もうそれほどの力はない。
 これで、流れは決まったようなもので、急死した領主に代わり、次男が相続することに決まりだしたのだが、その寄り合いで、村岡という家臣が反対した。
 嫡子とは跡取り。それが決まっているのに、次男ではおかしいのではないかと、正論を述べた。これで、決まってしまった。何故なら、誰も逆らえないのだ。
 村岡重蔵、家臣団の中でも勢力が強いだけではなく、戦の時は村岡軍が仕切っている。当然渡井家の主力軍であり、外敵との戦いは、殆ど村岡軍がやっている。
 それだけではなく、内にも睨みをきかせる存在。渡井家がこのあたりを治めているのも、この村岡家の武力なのだ。戦闘集団と言ってもいい。
 だから村岡重蔵には逆らえない。この村岡重蔵が次男に付けば、話は逆になるが、嫡子がいるのに次男ということになれば、これは先代に対する謀反になる。
 しかし、そんな無理をしなくても、次男が良かろうというのは大半の意見。すんなり通る話ではある。
 それで、跡継ぎは嫡子に決まった。決めなくても最初から決まっているのだ。
 それであとを継いだ愚鈍の殿様だが、年寄りの重臣達が先代並みに引き立て、何とかなかった。
 これを決定付けた村岡重蔵は重職には就かず、まつりごとはしなかった。
 余程渡井家に恩があったのだろう。
 
   了

 





2022年5月11日

 

小説 川崎サイト