小説 川崎サイト

 

奥佐来村岩下の霜蔵


 奥佐来村の岩下に住む霜蔵を訪ねてくる人が多い。佐来村から少し行ったところの山沿いに奥佐来村があり、その中の渓谷沿いにある集落を岩下と呼んでいる。
 奥佐来村そのものも川沿いに出来たコブのような場所で、ここでさえ辺鄙な場所。そこから岩下となると、結構な距離がある。
 しかし、佐来村まで来る人がそれなりにおり、いずれも見知らぬ旅人。こんなところに来るような用事はない。行商は来るが、決まった人なので、馴染みがある。
 しかし、どう見ても旅慣れた人とは思えない商人や武家。僧侶さえもいる。諸国を遍歴しながら、岩下まで来たわけではない。
 佐来村でも霜蔵を訪ねてくる人が多いので、またか、という感じになる。それで、奥佐来村の岩下を教えるが、実際に出合った人からの話は聞かない。
 岩下まで行き、戻ってくる人はいるが、素通りしてしまう。
 中には別の道を取ったのか、佐来村を通らない人もいるようで、行きの姿は見るが、帰りの姿は見ないまま。
 佐来村で道を教えた村人は灯明を灯し、拝み出す。
 奥佐来村内にある岩下。そういう集落が何カ所かあり、その中でも岩下は一番奥まったところにある。当然人は住んでいる。奥佐来村の村人なので、普通の人達だ。
 崖っぷちに近いようなところに家が建っていたりするのだが、田畑はある。そこの人達は霜蔵は知っているし、その家も分かっている。しかし、滅多に見かけないらしい。
 元々は佐来村の人で、わざわざ奥佐来村に引っ越してきた。畑仕事をやるわけではなく、家に閉じこもり、何やら作っているらしい。仏師にでもなるのか、修行中なのか、それはよく分からない。
 人がたまに訪ねてくるのは、仏像と関係しているのだろうと、佐来村や奥佐来村の人達も、そう思っている。
 しかし、行きの荷物と帰りの荷物が同じで、仏像を持ち帰る姿を見たことはない。
 余程小さなものなのかもしれない。
 佐来村出身の霜蔵だが、その実家は既にない。霜蔵の一家は祖父の代に佐来村に来た人で、元々の人ではない。
 その祖父がどこから来たのかは分からない。何をしていた人なのかも。ただ、佐来村ではただの百姓だ。
 その祖父からの縁が、霜蔵にはあるのだろうか。そして村人達は仏師だと言っているが、そうだとは言い切れない不思議さがある。
 なぜなら霜蔵を訪ねてきた人達は、ちょっと異様な雰囲気がある。武家も僧侶も商人もいるが共通しているのは、何やら思い詰めたような人達に見える。
 得体の知れぬ、何かがあるようだ。
 
   了

 





2022年5月14日

 

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