小説 川崎サイト

 

古着屋の客


「雨ですねえ」
「梅雨ですかねえ」
「それはまだ早いですが」
「梅雨入り、まだでしたね。まだ聞いていない。そうでしたねえ。言ってませんでしたねえ」
「私も聞いていませんから、梅雨入りはまだでしょ」
「じゃ、この雨は何でしょう」
「雨は雨ですよ」
「そうなんですが、梅雨の前の雨ですか」
「時期的にはそうです」
「じゃ、これも梅雨に含めてもいいんじゃないですか」
「いや、まだ降り出してから丸一日経っていない。明日も雨、明後日も雨なら臭いですがね」
「水臭いではなく、雨臭い」
「梅雨時の湿気の匂いかもしれません。かび臭いような」
「このまま梅雨入りしてしまうんじゃないですか」
「この雨が続けばね。しかし、三日ほど続いても、まだこの方面での梅雨入りは早すぎるので」
「そうですねえ。この雨、今日中にやみ、明日からカンカン照りの好天が続くかもしれませんしね」
「そうなってもおかしくない時期です。梅雨まで、まだ早いので」
「ところであなた、この雨を突いてどちらへ」
「ちょっと野暮用で、ついでに、ここに立ち寄りました」
「まあ、商売なので、いつでもどうぞ」
「でも雨じゃ客は少ないですねえ」
「それは分かりきったことなので、何とも思いませんよ。暇なので楽です」
「あ、長話してしまいました。じゃ、行きます」
「ちょっと降りがきつくなってきましたよ。もう少し待ってから立たれては如何ですか。粘ってもかまいませんよ。お茶ぐらい出しますし」
「そうですか。ではお言葉に甘えて」
「どうぞどうぞ」
「でもこんな町外れなのに、どうして呉服屋なのですか」
「古着屋です」
「でも、人通りが少ないでしょ」
「買いに来る人は来ます。こういう場所のほうが買いやすいのですよ」
「儲かりますか」
「ぼちぼちです」
「しかし、これで食べていけるのですから、羨ましい。私も何か店でもやりたいと思っているのですが、素人じゃ、何ともなりませんよ」
 そこに怪しい浪人者が入ってきて、主人に目配せした。主人は分かったとばかり、目で合図し、奥へと導いた。
 客はそれを見て、場違いな人が来ているので、ちょっと驚いた。
 さらに旅のくたびれた坊主が入ってきた。同じように、主人に目配せした。
「私、そろそろ出ます」
「本降りになってますよ」
「いや、いいです」
「じゃ、お気を付けて」
「あ、はい」
 
   了




2022年5月15日

 

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