小説 川崎サイト

 

蛙の鳴き声


 雨が降るのか、カエルが鳴いている。しかし、カエルの姿は見えない。声だけ。音だけ。またその近くにはもうカエルなどいない。
 田んぼがあった昔は五月蠅いほど鳴いており、畦道やその横の小川にいた。田に水を引き込む溝のようなものだが、草で覆われ、カエルもいればヘビもいた。
 そんな時代ならカエルの合唱が聞こえたのだが、絶滅した。一匹もいないはず。それなのに鳴いている。ただ、一匹だけで、合唱ではない。
 島田はそれはカエルではなく、鳥とか、他の動物や虫ではないかと思った。もしカエルだとすれば、雨蛙かもしれない。しかし、それも見かけなくなったので、違うだろう。
 しかし、ガマガエル程の大きさのカエルを見たことがある。誰かが放したのだろう。池にいた。一昨年まではいたが、去年は見ない。今年もカエルがいるのなら昔なら見かける季節。だから鳴き声を聞いて、カエルがいると思ったのかもしれない。
 だが、そこは池ではない。田んぼ近くにはなく、植木屋の繁みがある。売り物だ。
 鳴き声はその方向から来ている。だから、カエルの鳴き声に近いものがいるのだろう。
 一昨年までいたガマガエルのようなカエルはもっと声が低い。
 雨蛙が植木の葉にいるのかもしれない。いたとしても緑と緑なので、分からないだろう。
 島田はそれをカエルの鳴き声だと思い込んでいるが、違うかもしれない。そちらの方が確率は高い。カエルに似た鳴き声の虫。
 肥えガエルというのがいる。肥溜めにいるカエル。ババガエル。そこで見かけるだけで、そんな名のカエルではなく、そのへんにいるカエルだ。だから肥えガエルなどいない。
 それと同じように島田が聞いたのは声ガエルではないか。鳴き声だけ、音だけのカエル。物理的な実体がないのに、鳴けるわけがない。
 だから、これは妖怪の一種ではないか。それは飛躍のしすぎ。
 本当は意外なものが鳴いていたのだろう。それは島田がこのあたりでよく見かけたカエルだとすれば、それがまだ棲息していた場合の方が驚きだ。そして一匹だけ。
 その姿は妖怪の姿には見えない。ありふれたカエル。しかし、いないものがいる。そして一匹だけというのがさらにおかしい。これこそ妖怪かもしれない。姿はそんな感じではないので、妖怪だとは分からない。
 島田はちょっとだけ植木屋の繁みを覗き込んだが、もう鳴き声はしない。
 
   了


2022年5月29日

 

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