小説 川崎サイト

 

暑さ減らし


 夏の勢いが迫ってきた。これはまだ序の口で、しかも飛び出した夏。すぐに引っ込むだろう。
 天気は崩れるとなっていた。誰がなしたわけではない。予報をしただけ。予報が予報として成立するためにはそれなりの確立がいる。その目安が成ったのだろう。
 しかし、天気が崩れるとは天気は言っていないし、だいいちそんな天からの声があれば怖いだろう。それに五月蠅い。それ以前によく聞き取れなかったりする。
 立原は来たな、と感じたが、ちょっと予想外れ、暑くなるとは知っていたが、当たらないだろう、大袈裟に言っているだけだと思っていたのだ。
 しかし、実際は思ったよりも暑い。この夏一番の暑さ。このあと、さらに暑い日がいくらでもあるし、もっと高い日もあるが、これまでと違い、ガクッと暑さが踏み込んできた。
 立原は心得ていた。暑さ対策を何となく分かってきた。だが、実践はしていない。あくまでも想像。
 こうすれば暑さを凌げるのではないかという方法。それを何となく会得。ただ、実践から得たものではない。しかし、少し暑い日、それを実行すると、それなりに凌げた。暑さが緩和した。
 今日はいい機会、いつもの暑さではない。本格的な暑さだ。あの方法が果たして上手くいくかどうかが、これで分かる。
 道具はいらない。器具も。また服装もいつもの夏のものでいい。特に着るものの工夫はいらない。また日影の道を行くとかの方法はとらない。ずっと日影が続いているわけではない。
 立原は外に出たとき、そう決心し、屋内から道へ出た。そのまま自転車で、ゆるりと進んだ。
 ペダルの踏み方を意識しないで、すっと自然に踏む。踏む力をコントロールしない。そうなるであろうところの踏み方で、無理がない。
 遅い早いは関係はない。これが徒歩なら、歩幅とか足の回転とかも、すっと前に出るような感じでいい。体重を前にかけると足が自然と出る。その程度でいいし、また、そんな作為的にならならなくてもいい。普通にすっと足を出せばいいだけ。
 立原が会得し、これではないかと考えたのは、そういうことではなく、それはおまけ。ただの癖のようなものだろう。
 そうではなく、すっと暑さの中に入り込み、溶け込むこと。暑さと一体になること。
 心頭滅却すれば、というのもあるが、そんなことはしなくてもいい。すっと何気なく、暑さの中に入り込むのだ。
 しかし、この方法には危険な面があることを知っていた。暑いのに気付かないで、そのままだと、危ないだろう。
 立原は、まずはそこに敏感になった。暑さの中でボヤーとしてしまい、麻痺していないかどうかだ。
 しかし、心配するほど暑さは減っていないし、暑いことは暑い。ただ、三割ほどましではないかと思えた。
 これで、その方法は何とか実証されたことになる。ただ、三割ほどまし、では大した違いはなかった。
 
   了
 


2022年6月1日

 

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