小説 川崎サイト

 

年輪

川崎ゆきお



 ほどよい年輪を重ねていると岩倉は人にも言っている。
 周囲はそんなことは思っていない。
 思えないのだ。
 それは、思ったことがないからだ。
 しかし周囲は岩倉から言われると、そうかなと感じる。
 木の年輪は気候などにより成長も変化する。
 その変化が年輪となって出るのだが、それがいい年輪なのか悪い年輪なのかは素人目には分からない。
 岩倉の友人吉村は、それは自慢ではないかと解釈した。
 おそらく、その年その年を年齢に合った、無理のない年の重ね方をしている…と、言いたいのだろう。
 岩倉に好意的な知り合いは、特に何も感じていない。
 たが、それが岩倉本人の口から出ており、周囲からではない。
 誰かがそう感じて語ったものではないのだ。
「言い触らしているようじゃないか?」
 吉村が尋ねる。
「そうかな」
「いつの間にか、君のことを、いい年齢を重ねた人間になってるぞ」
「年齢じゃなく、年輪だよ」
「どうして、自分から言うのかなあ」
 吉村がいじわるく詰め寄る。
「自分でそう思ったからだよ」
「それって、私は幸せですよってことだろ」
「ああ、そう感じたからね」
「人の幸せなんて面白くも何ともないよ。自慢しているだけじゃないか」
「君も知っているように、僕は青春時代は跳ね返り者だった。無理なことを平気でやってた。それに比べると、今は落ち落ち着いた。それを言いたかったんだよ」
「それを今なぜ言うんだ?」
「言いたくなったんだ」
「つまり大人しくなったんだ」
「まあ、そうだ。円満に暮らしている」
「強調するのが、妙なんだ」
「そうかな」
「本当は暴れたいのだろ? それができないからキャラを替えたんだ」
「いや、だから、そういうことも穏便に…」
「自己改革とかやってない?」
「やってないよ」
「おまえがいい年齢を重ねているとは思えないんだ。いかがわしいことやり始めてるんじゃないの」
「君もいい年齢を重ねなさい」
「年齢じゃなく年輪だろ」
「そうだったか」
「いつか化けの皮がはがれるぞ」
「君のその猜疑心、何とかならないの?」
「うん、ならない」
 
   了



2007年10月27日

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