小説 川崎サイト

 

滅びの笛


 いつの頃からか聞こえてくる笛の音。家人はそれを滅びの笛だと、縁起の悪いことを言う。
 屋敷内は広く、母屋も建て増しされ、また別棟が庭にポツリポツリとあり、池や東屋、宴会用の高楼まである。
 本間家の人間は僅かだが、雇い人が大勢いる。それだけの数が必要なのかどうかは分からないが、この家の規模ではそんなものだろう。
 だから、夜中、笛を吹いている者がいても、誰だか分からない。ただ、その音色から、ただの雇い人だとは思えないが、由緒ある家が崩壊し、ここで雇われている可能性もある。
「滅びの笛ですかな、お婆様」
「そうじゃ、あの音色は、そのもの」
「そんな節回しなのですかな。その滅びの笛とは」
「あのような音色はそれしかない。不吉であろう、あの音は」
「私には物悲しいとしか聞こえぬ。悪い音色ではない。良いのではないか、それで」
「呑気なことをいうとる場合か、あれは滅びの笛。その前兆、知らせておるのじゃ」
「吹き手がですかな」
「いや、そのつもりはなかろう」
「では、よろしいでしょ。捨て置いても」
「心当たりはないか」
「何の」
「滅びのじゃ」
「我が家が、ですかな」
「そうじゃ」
「心当たりはなきにしもあらず」
「それ見よ」
「それは何処の家でも似たようなものでしょ、この乱れた世の中、いつ沈むか、どの家も分かりませぬでな」
「誰が吹いておるのか知りたい」
「では、お婆さまが調べられては如何です」
「それは、よしておく」
「それが賢明かと。吹き手が我が家を滅ぼすわけではありませんからな。吹き手を捕まえても、何ともなりませぬ」
「では、用心せよ。亡びぬように」
「はい、心がけましょう」
「待て」
「如何なされました」
「別の音色が聞こえてきた。あれは喜びの笛、幾千年も栄える曲じゃ」
「それはよかったですなあ」
「うむうむ。満足じゃ」
「何者かが笛の練習でもしておるのでしょう。よく聞くとぎこちない」
「ホホホホ、そうじゃのう」
 
   了


2022年6月8日

 

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