小説 川崎サイト

 

蒲団の磁場


 しと降る雨、ひんやりしているが、布団の中は適温。いい感じだ。
 これは駄目だと遠山は思ったが、それが実行された。実際の動きはない。思ったときと同じ体の状態で何もしていない。つまり、布団から出ないで現状維持。眠くはない。もう十分寝た。
 起きたいという気は少しはある。それが全部なければ駄目。そうでないと、遅刻する。その閾値のようなものを越えようとしている。
 今なら急いで準備すれば、そのあと、早足で歩かなくてもいい。
 しかし、閾値はすぐに変わる。次のレベルに入りつつある。今なら早足が必要。
 しかし、遠山は微動だにしない。動かざること山の如しをここで決め込むのはふさわしくない。シーンが違う。ここではない。
 しかし、この不動の姿勢、ただ布団の中でじっとしているだけだが、別のシーンなら褒められるかもしれない。
 そして状況はまた変わった。遠山は何もしていないのだが、時が経つ。駆け足が必要だ。
 しかし、まだ一線を越えていない。遅刻はしないだろう。走れば間に合う。
 だが、遠山は動かない。蒲団の温かみが心地よく、ここから出たくない。安住の地。そこからあえて飛び出す必要はない。しかし、遅刻しないためには、その必要はある。
 さらに時間が経過した。今度は自転車で駅まで行けば、間に合うだろう。しかし、止める場所がない。放置自転車として撤去される。だから自転車をまた買う必要がある。だからそれは重い。
 そうまでするにはハイリスク。駆け足では遅刻。しかし、少し遅い目程度で、軽い遅刻で、何とかなるだろう。言い訳の必要はない。ちょっと遅れただけなので。
 それにするか、と遠山は考えたが、駅まで駆け足が、どうも面倒になった。それに急いで準備しないといけない。朝から忙しい目に合いたくない。
 いつものペースで行くとなると、それなりの遅刻になる。言い訳が必要。しかし寝坊ではない。起きているので。
 しかし、まだまだ段階がある。病欠だ。これは前回からかなり間が開いたので、使える。ただし、病気ではなく、急な腹痛。しかし、これは見え透いてている。だから、使いたくない。嘘丸分かりだ。定番過ぎる。
 そんなことを考えていると、頭がどんどん冴えてきて、体を起こしたくなった。起きたくなったのだ。
 今ならどの段階だろうか。自転車が必要な段階だ。最寄り駅は支線の駅。本線と合流する駅がある。そこまで自転車で突っ込めば間に合う。また有料だが駐輪場がある。それが良いだろう。
 それで、さっと用意をし、さっと飛び出し、しと降る雨の中、自転車を進めた。何とか蒲団の磁場から離れたようだ。
 
   了



2022年6月9日

 

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