小説 川崎サイト

 

カタツムリ文字の御札


 妖怪博士は妖怪封じなどの御札が切れかかっているので、買いに行くことにした。
 郊外の外れ。もう市街地というよりも、農家などが残っている山際の町。ここはそれなりに古い。
 そこに御札売りの婆さんがいる。
「また、切れましたかな」
「切り札の御札、切りすぎたようです」
「それはいけませんなあ。滅多にこの札、使ってはならぬ」
 それもそのはず、数に限りがある。今も在庫はない。注文を受けてから老婆が書くのだ。
「そうそう、新しい御札が見付かりましてな」
「ほう、それは珍しい」
 老婆は、そういう家の末裔で、御札の呪文の原本を持っている。家に伝わる秘伝だ。呪文の文字が難しく、写本ではちょっとした写し違いがある。当然文字として読めない。
「うちの遠縁が見付けましてな、わしが本家筋なので、一応見せて貰いました」
 老婆は、奥に行き、その呪文集を探している。
 長い。
「見付かりませんか」
「いや、ここに仕舞っておいたので、あるはず」
「はい」
「おかしいのう。あ、あったあった。場所を間違えておったわい」
 妖怪博士は、その和綴じの本を開けた。
「何ですかな。これも呪文ですか。丸いですが」
「カタツムリ文字だといってました」
 記号が中心から螺旋階段のように外に回り込み、円を描いている。それで一つの文章のようだ。
「これは何に効くのですかな」
 そういう丸いカタツムリ文字が何枚もある。
「ここからはわしのカンじゃ。妖怪などの化け物に効きそうなのは、こいつだな」
「老婆がページをめくり、そのカタツムリを指差した」
「あとのカタツムリは」
「わしには、よう分からん。別のことで効くのじゃろうが」
「じゃ、それでお願いしたい」
「高いぞ、これは。写すのが大変なんじゃから、こんな丸い塊、まるで蚊取り線香じゃな。書いておって歪みそうじゃから」
「いくらほどで」
「倍」
 妖怪博士はほっとした。
 この老婆、今は御札売りだが、呪術系の家の末裔のようで、こういうのは女性があとを継ぐらしい。
「しかし、こういう御札、今まで結構な数、貼りましたが、本当に効くものですかな」
「ああ、効くと思えば効くんじゃ。効かんと思えば効かん」
「本人にではなく、相手に対してはどうですか」
「ああ。それも同じじゃ。効くと思えば、その御札が生きるのじゃ。それで相手に効く」
「そうでしたなあ。何度か聞きました」
「では、五十枚ほど、お願いします」
「時間がかかるが、いいなあ」
「はい、出来ましたら、いつものように送って下され」
 妖怪博士はいつものように前金を渡した。
「この万札の方が効きそうじゃなあ」
「ああ、はい」
 
   了

 




2022年6月10日

 

小説 川崎サイト