小説 川崎サイト

 

無限坂


 無縁坂はあるかもしれないが、無限坂は知らないが、そういう別名の坂はある。ただの呼び名。また、その坂には名前がない場合もある。
 無限坂はそのままの坂で、坂が無限に続く。それなら非常に高いところまで上がることになるのだが、そんな無限に続く坂だけがあれば、天に繋がっているだろう。
 また無限に続いているような坂もあるが、これは山に向かった坂道。頂上までずっと坂かもしれないが、一本の坂道として認識されないだろう。
 坂の景観が変わるし、麓からの道とは随分と違っている。
 だから無限坂は同じ調子の坂。上っても上っても坂ばかり。しかし、一向に高いところには出ない。坂の上が見えてきても、油断していると、遠のく。
 これはエスカレーターを逆側から上っているの同じ。
 その無限坂、しつこいほど長くて急なので、その呼び名が付いた。場所は山際の寺の裏側から始まっている。所謂奥の院へ向かう坂道。奥の院は山上近くにある。高い山ではないが懐が深い。
 坂は曲がりくねっているが、不思議と山道にありがちな上り下りがない。一方的な上り坂。結構、急な場所もあるが、階段は付いていない。雨など降ると、水が出るので、そんなときは無限坂も使えない。
 真っ直ぐな坂なら、今、何処まで上ったのかが分かるが、この無限坂は見晴らしが悪いので、似たような風景ばかりが続くので、先ほど、ここを上ったのではないかと勘違いする。
 しかし、そのうち奥の院の屋根瓦が見えてくる。頂上近くまで来ているのが、それで分かるが、それが見えているのに、なかなか近付かない。これも錯覚なのだが。
 奥の院は小さなお堂で、中に入れる。奥に台座があり、仏像が座っているが、よく見ると仏様ではなく、人だ。この寺ゆかりの高僧だろう。顔に人間味がある。年寄りらしく、皺も多い。
 板壁に人生は坂道を歩くが如く。と書かれている。さらに重荷を背負い坂道を行くのなら、家康になる。
 重荷がないので、同じ坂道でも楽だろう。
 しかし、坂道ばかりの人生では辛い。たまには平らな場所には出るはずだし、下り坂もあるはず。それこそ山あり谷ありで、こちらの方が自然かもしれない。
 この、しつこい無限坂。上りばかりだが、奥の院から戻るときは、逆に下りばかり。この気持ちよさはどう受け止めて良いのだろう。
 
   了

 




2022年6月11日

 

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