小説 川崎サイト

 

あらぬものが住む城


「空き城に何者かが棲み着いておるのですが、如何なさいます」
「何処の城じゃ」
「白根城です」
「そんな城があったか」
「最後に逃げ込む城です」
「ああ、聞いたことがある。険しい山奥にある城だろ」
「もし支城や、この本城も危なくなったとき、そこに避難するための城でして。兵糧の蓄えもあります。武器弾薬もあります。しかし、食べるものには限りがありますので、長くは持ちません。援軍を待つ間、持てばいい城でして」
「誰もいないのか」
「もうその必要はないかと思いまして、放置してあります」
「もったいないのう。堅城じゃろ」
「山城ですから。攻めるのが大変。だから手を出したくないはず」
「そこにあらぬものが棲み着いておるのか」
「まあ、留守番代わりによいかと。しかし、一応お耳に入れておきます」
「山賊か」
「人ではないとの噂」
「では、あらぬもの」
「有り得ないものです」
「それはそれで、見たいものじゃが」
「白根城は遠いですぞ」
「そうだな。それに世が白根城へ行くとなると、本城が危ないと、噂されるかもしれんしな」
「では、捨て置きましょう」
「いや、世の代わりに、誰ぞに行かせるがいい。そして、そのあらぬものの正体を見てくるのじゃ」
「分かりました。武芸に秀でた強者を差し向けましょう」
 白根城は白根峰の山中にあり、このあたりは白根行場として知られる修験の山。そのため、野武士ではなく山伏が根城にしているらしい。彼らは天狗のような姿をしていることから、あらぬものとされたのだろうか。
 だが、山伏の装束など、よく知られていることから、そんなことであらぬものとは噂されないはず。
 十人からなる探索隊が、白根城へ向かったのだが、攻めにくい城だけあって、城に近付くだけでも大変。難路だ。
 しかし、足腰に強い強者達なので、城に辿り着き、城内を調べた。
「戻って参りました」
「で、どうじゃった」
「山伏がいたとか」
「城内はどうなっておった」
「山伏の住処になっておりました」
「で、あらぬものは」
「やはり、山伏のことでしょう。そんなあらぬものなど見付からなかったと」
「山伏に聞いたか」
「はい、すると」
「すると」
「深い山の中なら、そんなものが出て当然とか」
「そうういうことか」
「それで、白根城はどういたします」
「山伏にくれてやれ」
「よろしいので」
「既に住んでおるのじゃろ」
「はい」
「そんな城などどうでもいい。それより、あらぬものが住んでおるというのは、ただの噂だったのじゃな」
「はい、そのようで」
「うむ、残念であるぞ」
「ははー」
 
   了



2022年6月12日

 

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