小説 川崎サイト

 

逃げ足


 御船山には五千の主力がいた。本軍であり、総大将がいる。
 その横の山に陣を張る勝又山の部隊は敵の接近に気付き、飛び出した。今なら坂を上ってくる敵に一撃を食らわすことが出来る。
 命令系統は曖昧で、全てが総大将が命じることになっているのだが、御船山と勝又山はそれなりに距離がある。そのときは、単独で判断してもいいとされている。
 それで、勝又隊は敵に襲いかかったのだが、意外と数が多い。敵のほぼ主力が駆け上ってくるのだ。それに飛び道具が進んでいるのか、鉄砲だけではなく、大筒まである。大砲だ。
 勝又隊は出鼻をくじかれ、駆け上ってくる敵に火力で崩された。これは駄目だと思い、勝手に別の降り口から退却した。
 それを見ていた御船山の総大将は援助に駆けつけようと、動いた。山を下り、その先にある勝又山の陣へと向かったのだ。
 本軍五千が動く。最有力部隊だ。
 しかし、敗走していく勝又山の部隊を見た御船山部隊の兵は動揺した。
 猛将で知られる本軍の総大将は、これはまずいと最初から分かっていた。動くと負けだと。
 そのため、陣頭で指揮することなく、なし崩し的に敵に向かったのだ。本来なら陣頭で威勢のいい大声を張り上げるのだが、それがない。
 五千の兵はそれに気付いたわけではないが、勝又隊が本拠地へ向かって、逃げて行くのを見ている。援軍で駆けつける前にもう逃げ出しているのだ。
 本軍の御船隊が沢に降りたとき、兵が減っている。沢伝いに勝又山に向かうのだが、その途中でも兵が少なくなっている。
 勝又山の登り口に来たとき、既に勝又山は奪われていた。
 総大将は無言。何も言わない。唖然としている。既に事は済んだと感じたのだろうか。本軍の数が少ない。千を切っているのではないか。いつの間にか四千の兵が消えたのだ。
 勝又奪還には、この兵力では無理。しかも敵は上にいる。
 それが分かったのか、残りの千の兵も、ゴソゴソと動き出し、沢へと戻りだした。御船山へ戻るのではなく、そこを素通りし、本拠地へ。
 それを見ていた敵軍は、その尻尾に襲いかかった。あとはもう戦いではなくなっていた。
 総大将は何とか逃げ切ったのだが、周りの味方は百もいない。
 本城に戻り、そこで戦うしかないが、もう先は見えていた。味方の離れ方のすさまじさを見たからだ。その逃げ足の。
 
   了

 



2022年6月16日

 

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