小説 川崎サイト

 

うどん屋

川崎ゆきお



「昔、行ったうどん屋があるんだ。それが忘れられなくてね。まあ、こんなこと君に話すような内容じゃないんだが…」
「その時のうどんが忘れられないとか」
「それもあるが…」
「いい思い出でも?」
「始終思い出すようなことじゃないんだがね。大したことじゃないんだ」
「そうなんですか?」
「君は今高校生か?」
「今年卒業しましたよ」
「はやいねえ、この前まで赤ちゃんだったのにね」
「それで、うどん屋さんがどうかしたのですか?」
「きつねうどんを注文した」
「はい」
「まだ高校生だった。中学校のころ、友達と歩いて行った町があってね。その町の先に山があってね。そこに登ったんだ。電車で行けば山の近くまで行けるのにね。歩いたんだよ」
「それが中学生のころ?」
「卒業が近かった。将来のことをその友達と話しながら歩いたんだと思う」
「そうなんだ」
「それを思い出して高校の時、自転車で、そのコースを走ってみたんだ。そして寄ったのが、その町のうどん屋だ」
「うどん屋さんに行ったのは高校の時なんですね」
「中学のころは寄った覚えはないなあ。店屋で牛乳を買って飲んだのは覚えている」
「そこのきつねうどんがおいしかったのですか」
「それもあるが、つぶれかけの古い店だった。営業しているのかどうか分からないほど乾燥していた」
「乾燥?」
「前に大きな道路があってね、その砂ぼこりがたまっていた。それで乾燥しているように見えたんだ」
「きつねうどんは?」
「きつねうどんを頼んだ。店の人がいないのか、制服を着た高校生の女の子だ。同じ世代だよ」
「手伝っていたのですね」
「ドキドキしたよ。すごく意識的になったね。同級生にきつねうどんをつくってもらうような感じだからね」
「それできつねうどんは?」
「普通だった」
「そうなの」
「そのことを思い出して、昨日自転車で行ってみたんだ」
「何年ぶり?」
「五十年ぶりだ」
「じゃ、なかったでしょ」
「店は新しくなっていたが、あったんだ。スパゲティー屋になっていた」
「別の店じゃないの?」
「いや、あのうどん屋だ」
「どうして分かるの」
「中に入ると制服を着た女の子が注文をとりにきた」
「嘘だよ」
「はは、嘘だけどね」
 
   了


2007年10月28日

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