小説 川崎サイト

 

期待の延命


 何らかの期待をしたとき、その今も、刻一刻変わり、三日後は、その過去の今の期待とは変わっていることもあるが、過去の今は、それなりに賞味期限があり、一月後も、あまり変わっていなかったりする。また、半年や一年、持つこともある。
 以前の今も、今の今も、ほぼ同じ感想だったり、同じ気持ちだったりする。確かに多少は違っているかもしれないが、意味としては、刻一刻変わる今ほどには目まぐるしくは変わらないものもある。ここでは、期待についてだが。
 たとえばずっと期待し続けているものがあるとする。それは一年でも二年でも持つかもしれないし、十年ほど同じ期待感のままもある。
 ただ、過去の今と今の今とでは期待感が薄らぎだしているとか、期待しても無駄ではないかというようなことも起こるだろうが、過去に思ったことが、今でも継続されていることもある。当然、期待することをいつの間にかやめてしまったこともあるだろう。
 また、以前に期待していたことで、その気持ちはそのままだが、他に期待するものが出来た場合などは期待の度合いが違ってくる。ゆっくりと賞味期限が切れかかることもあるが、そういう影響もあるし、当然事情が当時とは違うというのが、一番大きいだろう。
 だが、昔の今がかなりの期間に渡り残ることは確かで、劣化はあるにせよ、昔の今と今の今とでは違うと言うほどではなかったりする。逆に昔よりも、今の方がより期待感が強くなっていたりもする。
 これも変化だが、善い期待なら大歓迎だろう。そういう盛り上がりは。
 以前に期待していたものは、忘れないで、覚えている。これも今、思い出すのだから、今の思いになるかもしれない。
 古い記憶だと、記憶も曖昧。だから昔の今と今の今とでは違うのだが、意味は変わっていなかったりする。
 少なくても期待していることでは同じ。その期待していたものが実際に現れたり、実現するまで、ほぼ同じだろう。
 期待の賞味期限は結構長いものがある。以前はそう思ったが、今はそう思っていないことばかりではなく、生き延びているものもある。
 
   了

 



2022年6月21日

 

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