小説 川崎サイト

 

よきに計らえ


 当主が急死し、まだ若い跡継ぎがその地位に就いた。若殿から若が取れ、ただの殿様になった。
 しかし誰でもなれるものではなく、この若殿は産まれながらの跡継ぎで、無事生き延びれば、当主の地位は約束されていた。所謂世襲制。
 この時代は長男が跡を継ぐ。次男ではなく、縁者でもなく。長子相続が決まっているので、跡目争いはない。ただし、例外はあるが。
 この殿、少し頼りない。大人しい人なので、そう思われているのかもしれない。
 色々な決め事は家老職や、重臣が決める。それを殿様に報告し、裁断を仰ぐのだが、この殿様「よきに計らえ」としかいわない。
 よく分かっていないのだ。城の外がどうなっているのかは、狩りに出たときに見る程度。
 しかし立ち寄った村は仕込まれており、領民は平穏に暮らしているように見せかけている。そして見苦しいものは片付けている。
 だが、この殿様、薄々感づいているようで、実際はそうではないだろうとは思っている。出来すぎのためだ。
 当然、殿様には側近、お付きがいる。乳母の子供や、重臣の子供などが、学友として取り巻いている。その側近達とは同年配だが、一人だけ年配者がいる。一回りほど違うだろうか。剣術の相手をしているが指南役ではない。
 その年輩の側近が下々のことにも通じているので、それとなく殿様に話す。
 殿様は聞いているだけで、特に興味はないようだ。どちらかというと性格がおっとりで、頭の回転も遅い目で、どう見ても利口とは思えない。当然名君とはほど遠い。
 また学問にも疎く、良い先生が何人も付いているのだが、頭には入らないようだ。それで居眠りが多い。
 その日は重大な決め事があり、重臣達が決めたことを殿様に報告し、如何なさいますかといつものように問うてきたので「よきに計らえ」といつものように答えた。
 ある日、例の剣術の相手である側近が、それは如何なものでしょうと、前日の決め事について「お考え直しを」と言いだした。
 殿様はここは聞き流した。「よきに計らえ」は使わなかった。
 いつもいつも「よきに計らえ」ばかりだと聞きましたが、如何なものでしょう。たまにはご自分の頭で考えてはと、説教までしだした。この側近の役目でもある。
 では「そうする」とはいわない。
 先代、つまり父親だが、急死したのは殺されたのではないかと思っている。病死だが毒殺の疑いが強い。
 これは奥方の実家から出た噂だが、元気だった父がころりと逝きすぎたのはおかしいと思っている。
 よく家臣と口げんかをしていた。先代は自分の意見がある人で、家臣達が決めてきたことに対し、反対することが多かったのだ。
 父親が急死する少し前、お前の代になったならば、家臣の言うことを全て聞くようにと言った。善きようにしてくれると。遺言ですかと問うと、長生きしたければな、と答えた。
 これが遺言のようになってしまったが、当主になってから「よきに計らえ」一本槍なのは、長生きしたいからではなく、よく分からないためだろう。
 それにこの時代、激変の時代ではなく、結構平穏だった。殿様が英断を下すような出来事などなかったともいえる。
 父が暗殺されたというのも、その後は信じていない。
「よきに計らえ」だけの殿様だが、黙っていることもある。何も言わないのだ。たまにそれを使うようだ。先ほどの側近に対して黙ったように。
 
   了

 




2022年6月26日

 

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