小説 川崎サイト

 

吉田峰の義造


「吉田峰の義造さんはおられるでしょうか」
「さあ、登ってみないと分からないねえ。下りたとしても分からないよ。この道を通るはずだが、見張っているわけじゃないからね」
「登るところは見かけられましたか」
「だから、ずっと見張っているわけじゃないから、登ったのか下ったのかは分からないよ。ただ、わしは見かけないなあ」
「どのくらいの頻度で、下りたり登ったりするのでしょうか」
「だから、始終見ているわけじゃないから分からないよ」
「山の上で何をされているのでしょうか」
「頂上じゃないよ、中腹に平らなところが少しあって、そこで小屋がけで暮らしているらしいが、わしも見たわけじゃない。用事がないしね。ただ、この村の人だからねえ義造さんは。でも今では吉田峰の義造で知られているらしいけど、村の者は興味はないようだね」
「そうですか。じゃ、登ってみます」
「何用なんだい」
「吉田峰の義造という人がいると聞いて」
「何をしている人か知らないでかい」
「はい」
「それは酔狂な」
「で、何をされている方ですか、義造さんは」
「よく分からないよ。でも遠くから訪ねて来る人がいるけど、ずっと見張っているわけじゃないからよく分からないよ。でも他国の人を見かけるのは確かでね。みんな義造さん目当てなんだろう」
「有り難うございました。では、登ってみます」
「いるかどうか知らないよ」
「いなくても、その住まいを見るだけで充分です」
「何が充分なんだい」
「吉田峰の義造さんの家まで行ったと言うだけで」
「しかし、場所が分かりにくよ。それで行き着けなくて、戻ってきた人を知っているよ。何人かいたなあ。それで道を教えて欲しいと訊いてきたが、わしも知らないしね。ただ、中腹の平らなところなら若い頃に行ったことがあるけど、偶然だよ。そこに出たのは。あれじゃ迷路だ。まあ、道らしいものもなかったけどね」
「何か地図などが発行されていないのですか」
「発行。そんなものないよ」
「じゃ、何とか探して義造さんに会いに行きます」
「はいはい、ご苦労なことだ」
「いえいえ」
「婆さんや、お灯明を点け、塩をまいておくれ」
「またかい爺さん」
「ややこしい奴だからね。人じゃないかもしれんからね」
「そうだね爺さん。義造さんも別人のようになっているらしいからね」
「じゃ、頼むよ」
「はいよ」
 
   了





2022年6月30日

 

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