小説 川崎サイト

 

シャワーの音

川崎ゆきお



「こういうのはどうかな?」
「聞きましょう」
「夜中、水音で目を覚ます」
「雨音じゃないの?」
「窓を開けないと雨音は聞こえないんです」
「いいマンションに住んでるだね。うちなんか外の声はまる聞こえだし、車の音もよく聞こえるよ」
「で、水音なんです」
「よほど大きな水音なんだ。目を覚ますほどなんだから」
「水音で目を覚ましたのかどうかはよく分からないんです」
「君は夜中によく起きるの?」
「夜中にトイレに行くこともあります」
「毎晩?」
「月に一度あるかないかです」
「じゃ、殆どないわけだ」
「その夜は尿意はなかったです」
「それで水音は?」
「ドアの向こうにキッチンと浴室があります」
「眠っていた部屋には水道、ないんだね」
「水回りはドアの向こうです」
「それで」
「ドアを開けました。キッチンの蛇口を見ましたが、水は出ていません」
「じゃ、トイレと浴室だな」
「はい」
「で、何だったんだ?」
「誰かがシャワーを使っているのです」
「客じゃないだろ」
「はい。めったに客が泊まりにくることはありません」
「じゃ、誰だ?」
「そこなんです」
「誰なんだ?」
「浴室のドアは磨りガラスです。狭いので、シルエットぐらい写るはずです」
「シャワーだけが出っぱなしってわけか。栓が緩んだとかはないね」
「一度もありません」
「電気はつけたの?」
「キッチンも浴室もトイレもすべてつけました」
「開けた?」
「無理でした?」
「ロック?」
「ロックはかかりますが、開けるのが怖くて」
「シャワーから熱い湯が出ているんだろ。ドアのガラスが曇るだろ」
「夏だったので、水でシャワーしていたのかも」
「誰が?」
「中の人です」
「でも、いないんだろ」
「水音を聞けば分かります。シャーバサバサとか、体にあたる音が不規則に。使っている音です」
「それで」
「怖いので、すぐに戻って眠りました。翌朝見ると、異状はなかったです」
「それは夢だね」
「はあ?」
「幽霊がシャワーを浴びてるのに、眠れたのだから」
「あ、はい」
 
   了


2007年10月30日

小説 川崎サイト