小説 川崎サイト

 

源五郎池


「源五郎池は、この先ですかな」
「この小道を行くと繁みがあります。そこからは見えませんが、分け入ると、池がありますが、それは田村池で、源五郎池ではありませんので、間違わないように。源五郎池はその先で、小道沿から見えていますので、すぐに分かります」
「親切に、どうも有り難う」
「田村池には絶対に寄ってはなりませんぞ。足をすくわれます。引き込まれます」
「池端に出なければいいのでは」
「いえ、池の方から近付いて来ます」
「水量が増えたのでしょうか」
「急に増えませんよ」
「じゃ、知らぬ間に近付いていたとか」
「そうとも言えますねえ。吸い寄せられるのです」
「じゃ、少し離れたところ、その繁みから出ないで覗く程度ならいいのでは」
「足がいつの間にか出て、池まで下りていくとか」
「それは恐ろしい池ですねえ」
「田村池と呼んでいますが、沼です。浅いですが、泥が溜まっていて、ズボズボと沈んでいきます。だからかなり深いのです」
「分かりました。寄り道しないで、源五郎池へ行きます」
「源五郎を見に行くのですか」
「はい」
「しかし、虫はいませんよ」
「そうなんですか。でも源五郎池でしょ」
「源五郎という人の名が付いているだけです。それにいたとしても浅瀬がありませんからねえ。池の端は絶壁で、下りるのは難しいですよ」
「何処にでもいる虫ですがねえ」
「源五郎という人が昔、いましてね。村の人です。大層活躍した人で、池を掘った人です。溜池ですよ。雨が少ないときは、重宝しました。今は使われていませんがね」
「じゃ、田村池もそうなんですか」
「はい、その通り」
「じゃ、田村池は岸まで行けそうなので、源五郎が見付かるかもしれません」
「だから、田村池は危険なので。それに源五郎なら、そのへんの田んぼの小川にいますよ」
「いや、源五郎池で源五郎を見たかったもので」
「それじゃ、田村池で見ても仕方がないでしょ。それに恐ろしい池なので、行かない方がいいって先に言いましたでしょ」
「そうでしたね。じゃ、源五郎は見られないかもしれませんが、源五郎池を見に行きます」
「御勝手に」
 
   了


  


2022年7月7日

 

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