小説 川崎サイト

 

米買い



 吉岡はオフィス街を歩いている。仕事場に近い。その一寸奥まったところに、喫茶店があり、商談などで、たまに使っている。昼時は既に過ぎたので、ランチタイムは終わり、客は少ない。
 どう切り出すべきかを歩きながら考えているうちに、喫茶店のある通りを通り過ぎたので、慌てて戻る。
 店に入ると、益田がいた。どう話すべきかは、まだ纏まっていない。切り口が見付からないのだ。
 コーヒーが出たあとで、もう店の者は来ないので、吉岡は切り出した。
「最近どうですか?」
「米が切れましてね」
「はあ」
「それで買いに行ったのですが、目的は米だけ。その店の中で一番安いのですが、新潟コシヒカリでした。本物だろうかどうかが疑わしいのですが、まだ米びつに少し残っています。一合あるかないかなので、同じ銘柄なら混ぜやすいでしょ。だから、それを買いに行きました」
「米が何か?」
「いや、だから切れかかっていて、一合ないのです。まあ半合はありますが、茶碗一杯分。しかし、半合以上残っておりますが一合には満たない。中途半端でしょ。半合と一合の間。これを炊けば多いのです。茶碗には入りますが、私としては多いのです。一合あれば茶碗二膳分。だから二食分です。中途半端な残り方なのですよ。それで面倒なので、同じ米を買って混ぜればいいと。それだけです」
「米ですか。米?」
「ところが店に入ると、出入り口ですが、そこに特価台があって、カップラーメンが安い。これはおやつとしていいなあと思いまして、余計なものを買いました。その日は米だけを買いに行くことにしていましたからね。米って結構重いのです。それに必要な食材は今のところない。ただ、おやつは別腹ですがね」
「別腹と言うことですか」
「ところが、惣菜売り場の前を通りましたら、ウナギ弁当がある。数切れしか乗っていないので、安いのです。これは次に来たときはないかもしれない。それで、犯しました」
「犯した?」
「だから米とご飯が重なるのです。既に炊き上がった米を買うようなものでしょ。弁当なのですから生米で売っているわけじゃない。米を買いに行ったのに、ご飯を買ってしまうことになる。これを買えば、一食分のご飯になる。それは分かっていたのですがウナギを見て動いてしまった」
「な、何がですか」
「心が」
「ああ」
「米だけを買いに行くという決め事を破りました。先ほどは犯したと言ってましたが、犯罪ではありませんが」
「はい」
「さらに売り場を進みますと、冷凍のタラの切り身がある。これは滅多に出ないのです。別にそれを見るためにウロウロしているわけじゃありません。米売り場が奥にあるので、通り道のためです。そしてついつい手を出しました」
「あ、はい」
「結局、米だけのはずが、色々なものをそのあとまた買ってしまい。重い荷物になりましたよ」
「終わりですか」
「何が」
「米買いのお話しは」
「はい、終わりました。これが最近の様子です」
「では、本題に入ってよろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
 吉岡は切り出す言葉が上手く見付からないままなので、単刀直入に、話した。これは頼み事だ。
 益田はじっと聞いていた。一言も口を挟まず。
「如何でしょうか益田さん」
「先にお答えしましたよ」
「え、聞いてませんよ。一言も、ご返事を」
「言ったじゃないですか」
「何を」
「米買い」
 
   了





2022年7月18日

 

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