小説 川崎サイト

 

妖怪波



 夕暮れ前、少し涼しくなったので、妖怪博士は夕涼みで散歩中。
 昼間もそれほど暑くはないが、陽射しがあるとないのとでは違う。
 今は陽に勢いはなく、西日の最後の差し込みも弱い。雲が少しあるためだろうか。そのため夕焼けがかっている。まだそれほど赤くはないが。
 妖怪博士宅も古いが、近くに、もう一段古い町並みがあり、迷路のように細い道が入り組んでいるため、迷い込みやすいのだが、その方が散歩らしい。散策に近く、もっと良い言い方だと逍遙。
 子供がたまに表に出ている程度で、あとは買い物帰りのママチャリが通る程度。何処にでもある下町だが、ここまでの古さはあまり見かけないだろう。
 路地に洗濯物が出ており、路地が余計に狭苦しくなる。そういうところを妖怪博士が分け入っていると、向こうから、子供ほどの背丈の老婆がやってきた。腰は曲がっていないので、小柄な女性だろう。
「妖怪波が出ておる」
 妖怪博士に対し、妖怪波とは、まるで取って付けたような言い方。他にも声の掛け方があるはずだが、都合がよすぎるほど、ドンピシャな出合い頭。
 妖怪博士はいきなり「妖怪」という言葉を聞き、驚いたほど。余程深い縁があるのだろう。
「妖怪波が出ておる」
 老婆が繰り返すが、なぜ初対面で妖怪の話題を始めるのかが分からない。他にも話題があるだろう。そして「妖怪」だけでもドキッとしたのだが、そこに「波」が付く。
「何ですかな、お婆さん、その妖怪波とやらは」
「人からは波動が出ておる。オーラーといってもいいし、ある種のエネルギーが出ている」
 妖怪博士もそういう話を聞いたことはあるが、見たことはない。
「あなたは妖怪に関連する」
 当たっている。
 妖怪の研究をやっていると、妖怪臭でも出るのだろうか。妖怪臭さ、化け物、オバケ臭さ。
 しかし、この老婆、どうしてそれが分かったのだ。
「気を付けなされ、その妖怪波は妖怪を引き付けますでな。では、ご免」
 ご免とは謝ったのだろうか。老婆とすれ違ったとき、秋刀魚の焼ける匂いがした。
 これは、この老婆、最初から妖怪博士を知っていたのだ。近くなので、顔ぐらい見ているだろう。たまに訪ねてくる人が、妖怪博士宅近くで、家を聞いたりする。そういう人から、この老婆は情報を得たのかもしれない。
 そして彼女も、その辺りの話が好きなので、一寸挨拶をしただけ。
 妖怪博士はそこまでは推察はしないので、分からないまま。ただただ秋刀魚が食べたくなった。
 妖怪博士が受けた波は秋刀魚波だったようだが、まだ夏は始まったばかり、秋刀魚にはちと早い。
 
   了




2022年7月21日

 

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