小説 川崎サイト

 

夏よ



 真夏のよく晴れた日、だから炎天下。
 木下は自転車で、それなりに遠いところに住む友人を訪ねた。
 何度か行っているが、電車。しかし、何度も乗り換えないといけない。私鉄からJRへ、そしてまた別の私鉄。直線距離はそれほどないように思われるのだが、鉄道はそこを通っていない。
 そのため、二つの大きなターミナル駅がある町まで寄り道。方角が逆向きになったりする。
 そのターミナル駅とターミナル駅を結ぶのがJRや地下鉄。バスもある。これは少し乗ればいいが、人が多い。
 それが面倒だと感じたわけではないが、暑い中での冒険がしたかったのだろう。それに買ったばかりの大きな麦わら帽を被ってみたい。それには遠出に限る。
 実際には郊外ののんびりとしたところを走り抜ける。都会とかけ離れているため、普段着の世界。
 一寸自転車で買い物に行く程度のレベル。ただ、それが一寸長い距離なだけ。
 これが、この年の夏の一番の思い出となったようで、いつまでも木下は覚えている。
 友人は寝ていた。昼寝をしていたのだろう。木下の顔を見て、驚いているようだ。予告なしでのいきなりなので。しかも自転車。
 友人は冷蔵庫から一リットル入りのホームサイズのコカコーラを取り出した。客用のガラスのコップがないらしく、紙コップに入れてくれた。
 木下は喉が乾いていたのだが、コーラなので、水のように一気にカブ飲み出来ない。それで、むせた。
 友人訪問よりも、とりあえず休みたい。冷房はなく、扇風機だけ。友人はランニング姿で、下はステテコ。
 何をしに来たのかと、言わんばかりだが、この友人、いつも愛想が悪いので、それで普通。
 着いたばかりだが、帰りが気になった。行くときに通った道など忘れている。
 結構、迷いながら来ているので、一本道ではない。それに直線上に結んでいる幹線道路がそもそもない。
 しかし、電車を乗り継いで行くよりも、早くはないが、あまり変わらない。だから直線距離的には近いのだ。
 木下は暗くなる前に帰ることにしたのだが、用もないのに来ているので、話も特にない。友人も寝起きで、冴えないようだ。
 だから平凡な訪問劇。一つだけ印象に残ったのはコーラのホームサイズ瓶が倒れたこと。トイレに行くとき、引っかけのだろう。まるでボーリングのピン。
 友人は畳を雑巾でゆっくりと拭いていた。
「あ、ご免」と木下は言ったが、友人は気にしていないようだ。
 炎天下の訪問。起こったことはこれぐらいだが、そのエピソードを木下は長く覚えている。
 
   了


2022年7月24日

 

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