小説 川崎サイト

 

お城童子



 夏の盛りだが、トンボが飛び、コスモスが咲き始めている。既に秋のものが出始めている。
 一番盛んなとき、既に盛りを過ぎてしまう前触れが出てくる。栄耀栄華を極めたその頂点の時に、既に影が差し始める。平家のように。
 ある人は、それを見て、真っ盛りではなく、これから盛んになっていく頃が一番良いと言っている。
 そのある人はまだ若い。年寄りのようなことを言っているが、案外年寄りほど若い物言いを敢えてしたりする。
 この若者、逆に若気を出さず、年寄り臭さを出しているのだろうか。それなら、作為的で内実はないのだが、年若くても、それぐらいのことは見えている。
 だから、若者ほど年寄り臭いことを言っても不思議ではないが、その若者も、大人になると、年寄り臭さも消えたりする。
 その若者、一番盛んな頃になりつつあるので、ブレーキでも掛けたのだろうか。これは若者一般に言えることではなく、この若者に限っての話かもしれない。
 この悟ったような若者。村でも評判で、近在にも聞こえ、やがて城下に達し、お城にも達した。
 ただ尾ひれ背びれ、蛇に足が付いたようなもので、ちょと年寄りめいたことを言っているただの若者なのだが、噂が拡がることで、もう別人物のようになっている。
 お城の殿様は、そういう知恵のある者を欲しがっていた。武勇に秀でた者は多いが、知恵のある者は少ない。
 ただ、今は戦乱の時代。腕っ節が強い方が良いのだが、それだけでは領内を治めることは出来ない。武人の中にも知恵の働く者もいるが、その性根はやはり武人。
 聞くところによると、その若者。武芸にはまったく興味がないらしい。
 殿様は、そういう青二才を望んでいた。
 所謂文人に近いのだ。それに百姓の子。寺に預けられているので、野良仕事もしないので、体は細い。それに妙に肌も白っぽい。
 だが、殿中でなら、その方がいいだろう。殿様は小姓に加えたかったのだ。
 それで、城から迎えが来て、城勤めが始まるのだが、実際には一寸と年寄り風な口の利き方をする程度で、秀でた才能など、持っていない。
 しかし、そこは年寄りを決め込んだこの若者。どんなときにも慌てず、騒がず。常に冷静。ただ、中味はない。
 殿様がたまにこの若者に世間のこと、戦のことなどを聞くが、当たり前のことしか言わない。それしか知らないのだから、当然だろう。しかし、いずれも正論。
 浅はかな知識しかないのだが、寺で、それなりの本は読んでいた。
 その後、別に活躍することもなく、お飾りのように殿様のすぐ近くで座っているだけ。小姓なので、それが役目。
 だが、家来にとり、その若者の視線が怖い。見透かされているのではないかと思うようだが、若者は普通に見ているだけ。何も思っていない。
 城内では、その若者のことをお城童子と呼んだ。座敷童子のようなものだろう。
 
   了



2022年7月25日

 

小説 川崎サイト