小説 川崎サイト

 

土用の響き



 その年の土用は土曜だった。
 柴田はそれで、子供の頃を思い出す。ドヨウと耳から入って来た。土用のことだが、何のことだか分からない。
「土用波が来るので、もう海は終わり」と親が言い。土用から先、海水浴には行かなくなった。一人で行ける距離ではないし、またそんなことは出来ないだろう。
 そのときの「ドヨウナミ」の響きが怖かった。土曜に来る波なら毎週なのだが。
 柴田は小学生なので、ドヨウと言えば土曜しかなく、漢字で土用と書かれたものを見ても、土に何の用があるのかと思う程度。
 どうやら土用から先は涼しくなり、海も荒れるらしい。真夏のピークは土用で終わると、子供の頃に聞いた。
 ドヨウが土用であることを知ったのは、もっと先の話。ただ、幼い頃に聞いたドヨウの怖い響きは未だにする。ドヨウではなくドヨー。
 土用にウナギを食べる。これもドヨウなのでドジョウの間違いではないかと思ったが、ドジョウなど家で出たことはない。ウナギはよく出た。
 ただ、小川にはドジョウもウナギもいた。台湾ドジョウという食用ウナギもおり、近所の年長の子供が大将を務め、捕りに行ったことがある。結構遠い場所だが、今、考えると。すぐそこだ。
 さて、土用は丑の日。ウシの日なのだから、牛を食べる日だと勘違いしそうだ。ドヨウも丑も何のことだか分からない。なぜ丑とわざわざ書くのだろう。
 また、蛇は巳。十二支での漢字や呼び方なのだが。
 干支は柴田も子供の頃はたまに聞いたが、全てではない。あの人はネだからね、とかトラだからね、とか。
 さて柴田はドヨウと言っても、もう海水浴には行かないので、土用波と縁が切れ、ウナギだけが残った。
 ただ、夏至の次は土用というのは今も意識している。昼間が一番長い日も徐々に短くなる。そして一番暑い夏の真っ盛りが土用あたりだが、土用はもう夏の終わりだといってもいい。確かにこの時期、一番暑いのだが。
 柴田が怖がったドヨウだが、高い波が来るらしく、それにさらわれる。
 まるで海坊主でもいるかのように。それがドジョウのような頭やウナギのような頭をしていたりする。
 
   了
 
 


2022年7月26日

 

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