小説 川崎サイト

 

緑洞門



「青洞門をやりたいのですが」
「三十年掛かるぞ」
「充分生きています。それに年寄りになる前に完成するほど、余裕が」
「何か悪いことでもしたのか」
「何もしていません。虫は何匹かは殺しましたが」
「まだ若いのに三十年も洞門を掘り続けないといけないぞ。そればかりで一生を終えるようなもの」
「まだ余生が残っています。その頃には、もう悟っているかもしれませんので、もう掘る必要はないかと」
「海に面した崖道がある。ここが危ない。その崖をくり抜けば、安全な道となる。そういうのが残っておる。洞門を掘ればそこは緑の洞門と言われるだろう。絶壁が緑っぽいのでな」
「そういうのがあるのですね」
「他にもある」
「じゃ、そこにします。緑の洞門に」
「しかし、なぜそれをやろうとした。思いがあるだろう。困っている通行人を助けたいとか。また、これまでの生き方を反省し、悪から善へと変身するとか」
「そういう企みは何もありませんが」
「が?」
「一人でコツコツやりたいのです。ノミでコツコツ岩を削るのは、まさにコツコツ。それに生活には困らないと聞きました」
「近在の人やお寺さんなどが食べるものは何とかしてくれるし、洞門近くに小屋を建ててくれるはず。そこで寝起き出来るようにな」
「理想的です」
「しかし、苦しいぞ。毎日毎日同じことの繰り返し。穴などすぐには空かん、三十年だ」
「でも少しずつ削れていくので、変化があります。やったことの成果を毎日確認出来ますし。頭も使わなくてもいい、やることが単純なほど、気持ちがいいのです。飽きるとかはないと思います」
「変わった若者じゃのう。一応、話を通しておくので、行くがいい。すぐに投げ出さぬようにな」
「里に出て、少しは遊んできてもいいのでしょ」
「それは、まあなあ。入り用の品もあるだろうし、何も洞門に張り付けと言っておるわけじゃない。刑罰ではないのだから」
「有り難うぞざいます。すぐに立ちます。こういう地味なことをしたかったのです。三十年、これで暇が潰せます」
「変わった人じゃ。どんな性根なんじゃ」
 
   了


2022年8月2日

 

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