小説 川崎サイト

 

百目妖怪


 百目というカエルの腹から手足が出たようなバケモノがいる。顔が腹。腹が顔。だから胴体は腹か顔。それだけの広さが必要なのは目玉を仰山付けるため。仰山とは山だが、沢山という意味。沢山も山なので、多くと言うこと。
 この百目、人ぐらいの大きさだが、腹と手足だけなので、少し背は低い。
 顔なのか腹なのかは曖昧だが、多少は伸び縮みするし、少しは曲がる。だから顔の筋肉ではなく腹筋に近いので、やはり腹だろう。
 その証拠に腹には口も鼻も耳もない。ただ、ヘソはある。真ん中だ。これは目ではないが、それだけは見えている。やはり腹に目が付いたバケモノなのだ。
 こんなものがマンションの通路を歩いてきたら、すれ違うのも大層だろう。それ以前に人とすれ違うような感じではなく、逃げるだろう。後に。
 もし、すれ違ったとすれば、余程その先の部屋に急用でもあるはず。だが、それほど急ぐようなことは滅多にない。
 下痢で出そうと言うのなら何を差し置いても部屋に行くだろう。もしかすると、そんな百目がいたとしても、押し倒してでも進むかもしれない。
 しかし、普通の人が普通の状態で、そんな目玉ばかりの腹顔のバケモノを見れば、人生観が変わるはず。唖然とするかもしれない。逃げるよりも。立ち尽くしたまま動けなくなるとか。
 実はこの百目。百の目玉で睨み付けるので、本当に動けなくなるらしい。だが見ようによればその多くの目玉。カエルの卵ではないかと勘違いすれば、目玉には見えないかもしれないので、その心配はない。
 しかし、それでも異様なバケモノだ。見た者にそんな余裕はないはず。
 岸本さんがそれを自宅マンションの通路で見たらしいのだが、妖怪博士はどう答えていいのか分からない。
 岸本さんは理性的な人らしく、錯覚と言うよりも幻想、あるいは幻覚を見たようですと、最初から解答を言っている。既に答えを先に用意し、妖怪博士宅を訪れたのだ。
 荷台付きの車、重い荷物などの配達で使う、あれだが、そこに段ボールが乗っており、その絵が百目に見えたようだ。
 最初から、そういえば相談もクソもないのだが、慌てて後に逃げたので、手押し荷台車だったのかどうかが曖昧。そうだったと言い切れる自身がない。
 これは荷台車の見間違いにしたかったのかもしれない。そうすれば百目は存在しないし、妖怪談や幻覚から離れられる。
 妖怪博士はただただ頷くばかり。他人が見た夢の話を聞いているのと同じなので。
 それだけを語り、岸田さんは悪いものを落としたような顔で帰って行った。
 百目よりも、人がいないのに、勝手に移動する手押し荷台車の方が、怖いような気がするが、妖怪博士はそれは言わなかった。
 
   了


2022年8月4日

 

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