小説 川崎サイト

 

捨てる


 一度捨てたものをもう一度拾うと、そのあと、長持ちするという。最初から捨てるのだ。これは敢えてそうする。
 敢えて一度だけ生まれた子供も捨てる。すぐに拾い上げるのだが、昔は小さな子供がよく亡くなったためだろうか。捨て子は元気に育つらしい。
 捨てると、もういないも同然。しかし捨てた振りをするだけの話。
 しかし、本当の捨て子もいただろし、拾い子もいたはず。
 捨てるのは物でもいい。事柄でもいい。一度捨ててみる。捨てるのなら得なければいいので、これは行事。
 しかし、本当に気に入らないとか、不備とか、役に立たないから捨てる場合もある。これが普通だろう。捨てないで残しておく場合もあるが、使わないのなら、捨てたも同然。それに変わるものが出来た場合もそうだ。
 また、過去の履歴や業績を捨てることもある。それがあるので有利なのではなく、不利な場合。また、昔のことは忘れ去った方が楽というのもあるが、これはいつまでも覚えており、消せなかったりする。
 宮西はそんなことを思いながら、過去に捨てたものの中に、いいものがあったのではないかと、探してみた。
 いま現在に対して不満があるのだろう。というより、不満を感じだした。方向が違ってしまったのではないかと。
 そういうのは微調整しながら進めていくもので、大きく舵を取るわけではない。しかし、徐々に妙なところに向かってしまったのかもしれない。
 それで宮西は以前はどうだったのかと思い出した。よかった時期だ。それに比べると今は満たされすぎ、理想的なところにいる。しかし、以前よりも不満。
 同じ不満でも少し違う。その頃の方針と今とでは違ってきている。求めているものが変わったのだろう。以前の方針は捨てたも同然。
 一度捨てたのだが、妙に懐かしい。いい雰囲気が、今も漂っている。
 一度捨てたもの、それを拾い直してもいいのだと、宮西は思った。
 ただし、思っただけで、実行出来るかどうかは分からない。
 
   了


2022年8月8日

 

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