小説 川崎サイト

 

夏越え


「夏を越えられそうですか?」
「あと一息だな。あと一山。これを越えれば何とかなるだろう」
「その一山が厳しいかと、今までの疲れが溜まっておりますのでな」
「元気は溜まらぬか」
「溜まりましょうが、それほど続きませぬ」
「そうか、では元気を溜めても仕方がないのう」
「しかし、休息は必要かと。ゆっくりと休み、翌日に備える。これだけでも元気の溜まりでしょう」
「元気の溜まりのう。妙なことを言う」
「可笑しいですかな」
「あまり使わぬ」
「まあ、夏越え最後の一山となりましょうから、用心なされませ。ここまで来たのですから」
「誰でも来られるのではないか」
「夏越え、それは難しいことではありませぬ。越えるだけならば」
「そうじゃな、疲れ果てて越え、そのあと寝込めば越えたことは越えたが、越え方いと悪しじゃな」
「ヘトヘトで越えるのも似たようなものでしょう。やはり普通に越えるのがよろしいかと」
「この時期、よく陽に当たると、それだけ元気が溜まると聞きましたがな」
「わしも聞いた。日焼けした子供は冬に風邪をひかぬと」
「夏越えの輪が社にあったのう。今年は潜っておらぬが大丈夫だろうか」
「あれは縁起物。大丈夫でございます。ただ」
「ただ?」
「潜った瞬間消えたとか」
「え、何がじゃ」
「潜ったというか、跨いだ人です」
「異界へ繋がる入り口か」
「それは冗談でございますが、身体が変わったようなるとか」
「わしも何度か潜ったことはあるが、そんな感じはなかったがのう」
「気のせいでございます」
「そうじゃろ」
「要は気の持ち方」
「分かった、分かった。説教はもういい。用心して夏越え最後の山を越えればいいのじゃろ」
「はい、ご自愛下さい」
「そちの口もな」
 
   了




2022年8月10日

 

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